中国進出企業における
生産管理


ボトムアップ型
「日本版6シグマ」の追及

A production management problem
in a Chinese advance company
From an action example by 6 sigma for Japan


日本生産管理学会
於 大阪市大


要約
 中国政府の数字によれば、中国に進出している日本企業は2004年4月時点で約1万6千社にのぼり、今日、反日デモ等のマイナス影響がある中にあっても、対中累積投資額は対前年比で25%以上に達している。それでも日本国内では「日本の経験は中国では通用しない。中国ビジネスは難しい、成功よりも失敗が多い」といった声が一般的である。

 エレクトロニクス製品メーカーであるA社は、日本に管理部門を残すのみで、これまで国内外に分散していた生産、技術、開発、販売のすべての拠点を上海に集積し、経営の将来のすべてを中国に委ねた状況にある。

 本発表で紹介する「A社における6シグマ経営」とは、中国を拠点とした経営で、市場、顧客からの要求に応じて、一定の品質と数量の製品を安定的に生産し、目標とする利益を上げ続けるための経営である。

 A社は「中国における部品から製品までの一貫大量生産」という「生産管理戦略」を展開している。今後はこの戦略を実体あるものにしていくために、「製品開発戦略・計画」→「研究・開発・設計」→「試作・生産準備・調達・生産」→「販売」という一連のビジネスオペレーションサイクルに対応して、「経営管理課題」を明確にし、一つずつ確実に解決し、標準化していかなければならない。

 このような問題意識から、A社は「日本版6シグマ」への取り組みをスタートさせた。ここでは「日本版6シグマ」を通して、特に「全社的な生産管理体制の構築、中国人社員の戦力化、金型・部品・製品一貫生産における生産管理」等の問題について、具体的にどのような「生産管理施策」を実施したかを紹介し、そこから中国に進出する日本企業が共有化できる「生産管理モデル」を構築し、さらに国際的に通じ
るボトムアップ型「日本版6シグマ」の可能性の実証につなげることとしい。



A社の日本版6シグマ」への取組み

A社の生産管理戦略
ー「No.1、2戦略、経営方針、目標」

 A社は主に通信機器分野におけるメカトロニクス製品「Mシリーズ」(以下「製品M」)の開発、製造、販売を行うハイテク、ベンチャー企業である。
 「製品M」は、パソコンや通信機器の小型化、薄型化の流れの中で、独自の「超小型化、超薄型化技術」が評価され、ここ10年で当分野において世界市場の3割ほどのシェアを占めるまでに成長してきた。しかし、低価格化競争が進む中で、開発から生産、販売まで、生産管理を中心に解決を図らなければならない経営課題は山積している。

 A社は、前身が数人のメンバーでスタートした研究中心の企業であったが、この10年間に生産から技術、開発、販売のすべての拠点を上海に集約し、かつ製品組立のみならずすべての成形、プレス部品およびその金型設計・製造、鍍金、基盤づくりまで、外注に頼らず、完全内成化体制をとっている。

 それは、当製品分野では避けられない量的拡大にともなう「低価格化競争」に勝ち残っていくために、A社として決断した「生産管理戦略」すなわち「No.1、2戦略、経営方針、目標」であった。
 中国の低人件費によるコスト競争は、既に限界に近づいている。A社は、「部品から製品まで一貫大量生産によるスケールメリットを最大限生かすことによって勝ち残る」という目的で、それまで国内外の各地にあった組立や部品供給会社を集積し、多岐にわたる製品組立、部品製造技術を自社化するという「生産管理戦略」に挑戦することにしたのである。

 しかし、現実には戦略通りにはいかない。ヒット商品が出て、高成長が続いている間は、問題が隠れて表面化しないが、さらに続く厳しい価格競争に勝ち残っていくために、A社は中国を拠点にした「生産管理戦略」を単に絵に描いた餅に終わらせず、これまで積み残してきた多岐にわたる業務革新課題をきめ細かく解決し、確実に収益をあげることができる力をつけなければならない。

 A社は、このような問題意識から、「BSTプログラム累積問題解決フロー」をベースにした「日本版6シグマ」への取り組みをスタートさせることとなった。  





日本版6シグマ


収益力に直結した生産管理戦略

 A社は2004年秋、中国における3億台に迫る需要を中心に世界市場への全面的対応を狙いとして、それまで3つだった上海工場を一気に6工場に増やし、金型・部品・製品組立一貫生産体制をさらに拡充した。生産に直接かかわる従業員に、開発、技術、品質保証、管理等のスタッフを加え、常時7千人が働いている規模になっている。

 一般にベンチャー企業や中小企業が飛躍的に規模を拡大して行く過程では、経営トップ個人の意思や考え方、アイデアによって事業運営が行なわれることが多い。A社の「部品から製品まで、一貫大量生産によってスケールメリットを追求する」という「生産管理戦略」の場合も例外でない。

 この「トップ主導型の戦略」は、当然多大な投資を伴っている。しかし、もともと前身が生産技術や生産管理ノウハウの蓄積が乏しいベンチャー企業ということもあり、低い歩留まり、顧客からの返品や不良在庫の増大等の由々しき状態が長く続くことになった。 

 こうしたトップダウン方式では一旦消化不良がおこると、トラブルが多発し、組織がギクシャクしてくる。トップは「なぜ上手く行かないのだ」と現場にどんどん介入し、直接指示するようになる。しかし、現場の責任者がトップに異義をとなえることは困難である。

 結果的に「社長が決めたことだから」、「社長がやれといったから」と、結果にこだわらない「事なかれ主義」が目立つようになってきた。経営トップと同業他社からヘッドハンティングで集められた日本人現場責任者との間の不調和は、「事なかれ主義」を確実に蔓延化させていった。

(1)経営理念と方針の共有化
 中国という経営環境の中で、大規模かつ多岐に渡る「生産管理体制」を軌道に乗せるためには、経営トップと開発、生産、販売の各部門が一体となり、日本人、中国人社員を問わず、各部門が本気になって業務革新課題を設定し、解決に取り組まなければならない。こうした中で、A社としての重大で緊急な問題は、「優秀な日本人、中国人社員の会社離れ」をいかにくい止めるかであった。

 そこで、第一に取組んだことは、経営トップの語録をもとに、A社としての「経営理念と経営方針」をわかりやすく見直し、全体で共有化しあうことによって、経営トップと組織全体の一体化を図ることであった。
 ここで重視したことは、目先の不満や不平に捕らわれることなく、経営理念や経営目標の実現に向けて、自らの業務に取り組みなおすための気運づくりである。4S(整理・整頓、清掃、清潔)による職場環境の美化運動を通して、A社としての価値基準、行動基準、評価基準としての5番目のS(しつけ)を明確にし、その遵守の徹底を図る環境づくりから始めなおすこととした。

(2)生産管理に関連する
   各部門の基本業務の改善と標準化
 第二に取り組んだことは、経営トップが日本人社員、中国人社員を問わず、生産管理における基本業務の改善に向けて勇気を持ってまかせるべきことはまかせ、社員は責任を持って応えることができる体制をつくることであった。
 そこで、各部門のこれまでの自己流、試行錯誤的な取り組み方を整理し、基本的な「業務フロー」を明確にした。そして、特に生産管理に関連する「ボトルネック工程」については、「基本業務」を見直し・改善し、標準化するという課題に取組んだ。さらに、「基本業務」の遂行に必要な、社員が身に付けるべき「テクニカルなコアコンピテンッシーを明確にした。

 その上で、担当者に問題があれば、自己啓発課題を具体的に明示し、指導した。このように、各部門で「業務の問題点把握、改善、標準化、指導」のサイクルをきめ細かく、スピーディにまわすという「業務の標準化と改善のスパイラルアップ」に取組んだ。

(3)利益管理に直結した生産管理
 第三に取り組んだことは、各部門の取組みの成果を「利益向上高」として定量的に金額で評価できるようにしたことである。
 しかし、毎月のPL決算数字の確定が翌月半ばになることや決算数字から業務改善の成果を確認することが困難であることから、次のような簡便な「数字」で、生産管理を行うこととした。

利益管理の原則
 月別に「製品の販売で入る金額」が、開発、金型、部品、組立、生産管理の各部門の「外部への発注高・業務費の支出高」との差を管理する。

「3つの数字」の把握
 毎月の利益実績を、「①売上高、②材料・部品購入高、③業務費」の3つの数字で押さえる。

「在庫高」の管理・改善
 製品売上高に見合った製品原材料・部品購入の最適化を図るために、「現物在庫管理」のガイドラインを設定した
①購買管理
(1)基本材料・部品の「在庫高・理論上の必要量」の把握
(2)製品受注見通しの精度アップ
(3)適正購買数量・単価の決定、発注

②入出庫管理
 第三者立会いによる現物の入出庫数量管理

③製品、購入材料・部品の棚卸し管理
(1)在庫方法の改善
(2)正確なカウンティング
(3)紛失防止対策


A社の生産管理戦略に不可欠なマネジメント力

製品開発段階から
生産管理課題への取組みを!


 A社の「M製品」分野では、製品のライフサイクルはますます短くなり、グローバルな視点で顧客のニーズを把握し、短期間に開発し、一気に大量に低コストで生産し、利益を確保する体制づくりが求められている。

 従来の「製品を発売してから、品質、コスト、納期を逐次改善していく」というやり方では生き残っていけない。「開発設計での素早い試作品の評価によって、一気に大量生産体制を確立する」ことが目標利益獲得に欠かせない。
 この意味で、A社にあっては、営業、開発設計、金型、部品、組立、生産管理の一連の業務連携、すり合わせの徹底によって、「顧客満足:CS」につながる製品を一気に生産できる一気通貫の体制づくりが目標である。

 しかし、現実には、各部門が改善に取組めば取組むほど、部門間の連携が難しくなるという状況が生まれてきた。そこで、取り組んだのが、製品の開発段階から、「開発営業→製品企画・構想設計・詳細設計→金型・部品製作→試作・評価→製品組立→販売」の流れをスムーズにするための取組みである。

全部門が一堂に会して
開発製品についての「SA分析」を!
 ここでは、各部門の責任者が一堂に会し、開発製品についての「状況分析:SA」から始めることとした。「SA:Situation Appraisal 」は、「開発製品」についての具体的な「事実」に基づいた問題意識、関心事をもとに、各部門が取組むべき「具体策」を広く列挙し、基本的な課題を設定する手法である。 

 個々の「製品開発テーマ」について、「開発営業→製品企画・構想設計・詳細設計→金型・部品製作→試作・評価→製品組立→販売」間の業務の流れのなかで、どの部門に困難な問題があるかを押さえ、連携して解決すべき優先課題「ボトルネック課題」を絞り込むこととした。「ボトルネック課題」が設定できれば、問題解決の手順に沿って短期集中的に効率よく準備を開始するだけである。



「マネジメント力」のまとめ
 「Articulacy」のトレーニング

「Articulacy」のトレーニング
 中国に進出したA社の「生産管理戦略」への取組みを中心とした「日本版6シグマ経営」においては、次の3つのマネジメント力が求められる。

①トップ、上司と経営方針、目標を共有化する力
②自部門の戦略的な業務革新課題を設定できる力
③各課題への取組みを指導、支援できる力

 A社における「日本版6シグマ」では、「課題設定⇒実行⇒進捗管理⇒報告」という「問題解決のプロセス」において、「見たこと、聞いたこと、考えたこと」を的確に言葉で表現できる力、すなわち「Articulacy」のトレーニングアップが重要である。


 中国という経営拠点にあって、A社はプロパー日本人社員、ヘッドハンティング日本人社員、中国人社員で構成されている。こうした人的環境の中で、きめ細かい、スピーディな改善活動に取り組み、実績を上げていくためには、各人の考え方、行動の仕方が明確で、相互に確認しあうことができる簡潔な言葉でのコミュニケーションがベースになければならない。


能力・成果評価による社員の戦力化

 最後に大事なマネジメント力は、「経営理念」と「経営目標」をよく理解し、個々の業務の革新に取り組んだ社員に対しては、能力と成果を公正、公平に評価し、適正に報酬、報償によって処遇する体制をつくることである。

 A社として、能力・成果評価制度を早急に明確にしなければならない背景には、二つの大きな理由がある。

一つは、
 人事諸制度の未整備のため、評価、処遇に不公平感を与え、日本人、中国人社員を問わず、優秀な人材を失うことのないようにしなければならない。

二つは、
 部品から製品まで一貫大量生産によるスケールメリットを追求するという「生産管理戦略」を実現する上で、開発から生産、販売まで山積する困難な改善課題を早急に確実に解決するために、日本人、中国人社員を問わず、優秀な人材を結集しなければならない。

 開発から生産、販売までの各部門のすべての「生産管理業務」に関連して、「基本業務の標準化」を行ったが、これらの業務課題は、A社が社員に求める通常の業務そのものである。そこで、社員の「業務を遂行する能力と成果の評価」に関しては、部門別「業務の標準化一覧」を活用し、部門別に「業務遂行能力・成果評価表」を作成した。

 その結果、日本人、中国人社員を問わず、A社として部門別に各社員に求める業務課題とその遂行に必要な能力と成果のレベルを明確にし、評価することができた。

 また評価結果に応じて、社員別にどんな行動力やテクニカルコアコンピテンシーを身につけて欲しいかをはっきりさせ、社員の自己啓発のためのガイドラインとして提示できるようにした。
 社員の能力と成果を評価するにあたり、前提として「経営理念や経営目標」の実現に向けて、どれだけ経営トップや社員間で価値感を共有化しているかを重視している。この部門責任者クラスの評価については、全体に共通した「マネジメント、組織行動評価表」を別途準備し、併用している。
 この「二つの評価表」が、今日のA社としての「自らの土俵で人材を戦力化する」という、中国に於ける基本的な人事施策の牽引力になっている。


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