中小企業の実態


 日本が研修事業を受諾すると言っても、アルメニアと言う国の名前は聞いたような気がする程度でイメージがわかない。旧ソ連邦と言えば、冷戦時代の西側諸国への対抗国であるが、既に解体してはいたが、アルメニアがその一部であったことから良いイメージは持っていなかった。

 研修事業を担当するにあたり、アルメニアの中小企業に関する歴史や政策の変遷を理解しておかなければならなかった。イグレンが受託した研修事業のアルメニア側の当事者をカウンターパートと言う。我々は、研修に先立ちこのカウンターパートからアルメニアにおける中小企業に関する情報を聴取するとともに、アルメニアの中小企業の構造や各業種の代表的な企業を訪問視察し、工場設備や企業経営者の考え方も把握しておく必要があった。

幸いなことに、研修事業に先立ちアルメニアへ出張して現地の状況をつぶさに観察して実態を把握するたことから始めることができた。以下は、研修プロジェクトの事前調査に関する報告である。



1アルメニア中小企業政策の歴史

アルメニアは旧ソ連の中では比較的鉱工業(銅採掘・精錬、金属加工、機械、石油化学、軽工業など)の発達した共和国であったが、1991年のソ連崩壊以降の産業連関の崩壊にともない、ほとんどの生産業が操業停止に追い込まれた。ナゴルノカラバフ紛争などの政治的混乱を経て大幅な財政赤字、対外債務の増加、貿易収支の大幅赤字、高失業率に直面したアルメニア政府は、ソ連時代の産業資産の売却、民営化をすすめ、90 年代後半以降は海外直接投資と輸出促進を目指して民間セクター振興を国是に掲げ、様々な政策を打ち出した。

 国際協力機構(JICA) はアルメニア政府の要請により、1998 年から99 年にかけて「民間セクター開発計画調査」 を実施し、その中で中小企業に対する経営技術支援を行うための「中小企業創造活動支援センター」の設立を提案した。
 
 アルメニア政府はこの提言を受け入れ、2000 年には「中小企業発展戦略」を発表し、2002年には「中小企業振興法」を制定し、「中小企業開発センター」を設立し、中小企業や起業家に対し経営技術情報の提供、コンサルティングや研修の提供、銀行保証の提供を行うことになった。
 2003 年には 、中小企業振興を貧困と格差是正、所得向上と雇用増進の手段ととらえ、貧困削減と同時に貿易・投資を促進する政策を発表した。

 旧ソ連邦時代は、すべての企業は国営企業であり、製造業を例に取れば、製品の仕様や規格、生産量は、すべて中央政府(モスクワ)で計画、決定され、各工場に伝達され、各工場はその伝達通りに製造すればよかった。
 
 しかし、アルメニアでは、中小企業振興を経済開発の最優先課題に据えた政策によって、中小企業の発展にはめざましいものがあった。2004年には、小規模国営企業や中規模国営企業を民営化し、8,500 の中小企業社が設立され、21,000 人の雇用を創出し、企業数では全企業の 98%、GDPでは40%を占めるまでになった。

業種としては、商業貿易、観光などのサービス業、食品加工、建材などの軽工業が主である。こうした 中小企業の発展に伴い、経済成長率は 2000年から10%を超える高度成長を維持するなど、経済活動が活発化している。

参考
アルメニアにおける企業の分類

アルメニアでは、中小企業を人数により、マイクロ企業、小企業、中企業の3種類に分けている。すべての業種を通して従業員 5人までの企業をマイクロ企業としている。資本金では区別していない。
 工業関係では、6人以上 50人までの企業を小企業とし、51 人以上100人までを中企業と定義している。建設業及び科学教育関係の業種では、工業とは異なり、6人以上25人までを中企業とし、運輸、販売、サービス業では、15人までを小企業とし、30 人までを中企業と位置づけている。

  日本の中小企業の定義は、製造業では資本金 3 億円以下、従業員300 人以下を中小企業、卸売業では資本金1億円以下、従業員100人以下、小売業では資本金5千万円、従業員50人以下、サービス業では資本金5千万円、従業員100人以下となっている
 アルメニアの中小企業は、日本の20人以下(商業及びサービス業では 5 人以下)を小規模企業者と位置づけているのに近い制度である。



2中小企業の脆弱さと経営者の認識不足

  アルメニアの中小企業は、数字の上では活況を帯びてきているが、国の関係機関はその脆弱さを自覚し、問題視している。特に製造業における輸出競争力が低く、国内マーケットでは何とか価格面で対抗しているものの、輸出に耐える品質が確保できていないこと、経営面でも同族経営的な企業が多く、経営基盤が脆弱である。
 品質管理や企業経営、海外マーケティングの弱さが企業成長のボトルネックになっているが、多くの中小企業経営者がそれに気がついていないことも指摘されている。また、表に出てこない闇経済企業が多数存在し、その経済的比率が50%を超えるともいわれている。


3中小企業を支援する関係機関

 中小企業の振興政策・戦略など諸施策の立案、年次プログラムの立案を行う政府機関として、貿易・経済開発省がある。貿易・国際関係の調整業務、国際経済政策・貿易政策の立案を担う機関としては、対外経済政策局国際経済協力・輸出振興課がある。
 また、中小企業のビジネス環境を整備し、中小企業振興のために関連組織と協力してビジネスサービスを供給し、公的支援を行うアルメニア中小企業開発センターがある。。

  アルメニアの中小企業にとって、「中小企業開発センター」が最も重要な機関となっている。
 中小企業に関する広範囲な情報の収集や提供、ビジネスサービスプロバイダー(BSP)を用いた各種の経営コンサルティング活動、各種社員のトレーニングや教育、融資保証の供与などの支援活動を行っている。

実際に支援活動を行うのは、「中小企業開発センター」から委託を受けたビジネスサービスプロバイダー、NGO、株式会社など、いろいろな形態がある。
  アルメニアには約25~30社のサービスプロバイダーが存在し、マーケティング、会計指導、品質管理手法に関するトレーニング、企業運営に係る情報提供など各種サービスを提供している。活発に事業活動が行われているのは、首都エレバン市、ギュムリ市、イジュバン市、デリジャン市の大きな4都市に集中しておいる。
  アルメニアに大企業はない。これからは、中小企業を育てることが重要であると考えており、日本と同様に商工会議所があり、中小企業振興の5カ年計画を作成して、研修やイノベーションに力を入れ ている。 

4サービスプロバイダー、商工会議所
  事前調査において、エレバン市、ギュムリ市、イジュバン市において4箇所のサービスプロバイダーを訪問した。アルメニアの面積は小さく、人口も少ないために「中小企業開発センター」と各サービスプロバイダーが相互に緊密な連絡を取っていると思われた。

  これらの視察を通して、強く感じたのは、まだ相当残っている旧ソ連邦時代の古い、固定観念をどのように改革するかである。日本産業の復興の歴史と実例、日本で中小企業が果たした役割などに関心が示している。日本が第2次大戦後の荒廃した産業状態から、中小企業が陰の力となって、復活の一翼を担っ過程は参考になると思われた。

 また、欧米諸国の支援機関が余り実施しなかった製造関係の生産管理や品質管理の研修について、具体的な研修内容や研修方法について要望があった。特に、トレーニング機関のトレーナーおよび企業経営者に対する研修に関して、生産管理、人事管理、マーケティング、戦略的経営などの面で、日本的経営の強みを活かした研修についての要望があった。

  企業経営者からは、意識の改革を促すような研修が必要であり、進出の激しい中国企業と競争している日本の中小企業の経営が参考になるという意見が聞かれた。

5中小企業16社の視察

 事前調査において、首都エレバン市を中心に比較的大きな4都市で16の企業や経営者と面談する機会を得た。企業視察結果とビジネスサービスプロバイダーの意見を総合すると、アルメニアにおける中小企業の問題点は次のようになる。

(1)経営者の問題意識の欠如
    ① 旧ソ連邦時代の社会主義体制の影響が残っており、意
    識改革ができていない。
   ②経営者が営業的センスを持たない。労働者本位で効率ス
    ピード感覚がない。

     ③多くの工場が旧式の設備で老朽化している。
       ・必要計器も破壊したまま、何年も修理されず放置され
    ていた。
    ・チーズ製造工程では、壊れた温度計の代わりに製造中
     の牛乳の中に手を入れて温度を確認していた事例もあ
     った。
    ・工場内に鉄屑が何年もそのまま。窓ガラスも割れたま
     まの工場も見られた。   


     ④注文が激減し稼働率が悪い
       ・稼働率30~40%以下に低下しても従業員を解雇して
     いない。
    ・稼働率の低下を問題とせず、逆に従業員を解雇しない
     ことを自慢していた。


     ⑤ 中小企業の多くが資本力が十分でない。
    ・改善をしようとする意欲が低い。
    ・経営者は「経営状態が悪いのは、社会のせい」と言い
     訳をしていた。
   ⑥中小企業のほとんどが、会社概要や経営決算書を開示し
    ていない。開示すると課税されると考えている。

     ⑦自分で費用を負担してまで研修を受講しようとする意欲
    はない。従業員に教育投資する考えもない。
  

(2)成功企業の存在
    ①一部の賢い商人は、ドバイ経由で大量に商品を輸入し、
    販売を始めている。国内製品が一部守られているとはい
    え、海外から安く品質の良い部品や製品の輸入が増加す
    ることは避けられそうもない。

  ②新しく創業することは簡単ではないが、旧ソ連邦の崩壊
   とその後の状況を理解し、いち早く対策を実行し、利益
   を出すことができた経営者もいる。
   中小零細企業の実態を視察する中で、数は少なかったが
   「良くこれだけの投資をできたものだ」と感心する優良
   企業もあった。

  ③経営者の中には、テトラパックのような最新鋭の技術に
   着目し、オレンジジュース工場に導入をしている経営者
   も確認できた。


  アルメニアの首都エレバンでは、中央政府と近いだけに、経営の切り替えが比較的早くできた企業が多いように思われた。経営者の意識の違いが経営に現れている実態も確認できた。


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