「2025年の崖」の警鐘に応えて 日本企業で働く 社長から社員まで 皆さん必携 新日本版6シグマ経営 ガイドブック |
第1章 ジャック・ウェルチの 「6シグマ経営」との感動的な出会い |
1.「6シグマ」とは? 本書は、日本の製造業、卸売業、小売業からサービス業、飲食店業も含めて、さまざまな業種・業態の大中小企業、小規模企業における社長や一緒に働く社員が「新日本版6シグマ経営」を学び、普段の経営として実践することを応援するビジネス書である。 そもそも、「6シグマとは何か?」から始めなければならない。20世紀後半、アメリカ企業の経営改革を席巻した「6シグマ」は、ポケベル市場に参入しようとしたアメリカの代表的な通信機器メーカーのモトローラ社が、日本の企業と比較して自社製品の不良率の高さに驚き、「これでは日本企業と競争すらできない」と危機感を抱き、取り組んだ品質改善手法であった。 1980年代、アメリカが支配し続けてきた鉄鋼、繊維、造船、テレビ、計算機、自動車等の市場は、日本の低価格で高品質な製品を提供する企業の追い上げで暗雲が立ちこめていた。 アメリカでは、日本企業の経営やQCサークル活動の研究が行われ、日本のものづくりの強さは、製造現場のブルーカラーの力にあるが、それ以外のホワイトカラーの生産性はむしろ低いという評価になった。そこでアメリカの企業は、ものをつくる直接的な業務に限らず、経営に関わるあらゆる業務について改善、改革を行い、製品や商品、サービスの品質安定化に取り組むならば日本に勝てると考えたのである。 品質管理では、製品の品質の平均値向上を図るだけでなくバラツキを小さくすることが重要である。不良が発生すれば、無駄なコストが発生する。品質のバラツキを小さくすれば、不良発生による直接的ロス、関連工程や顧客がこうむるマイナス影響を小さくすることができる。 「6シグマ」は、もともと統計学の概念である標準偏差「σ(シグマ)」の6倍の範囲内に品質のバラツキを押さえるという考え方である。ものづくりで言えば、歩留まりを「6σ」、つまり、99.99966%、換言すれば、「製品100万個作った時の不良品を3~4個に押さえる」というものである。 当時、ベルヒュード研究会は、日本企業の国際的な競争力アップという問題意識のもと、アナログなビック情報の処理技術「M5型問題解決技法」に裏付けされた「創造性あるM5型組織」をつくるというテーマに取組んでいた。 研究会の「6シグマ」との出会いは、1999年末、まさに21世紀を迎えようしていた時であった。それは、「品質立国ニッポン復活の経営手法」、「日本企業に突きつけられた挑戦課題」という、センセーショナルな副題の「6シグマ翻訳本」とともに「6シグマ」の導入に成功し、20世紀世界最高の経営者と謳われた「ゼネラルエレトリック(以下GE)社」のCEO「ジャック・ウェルチ(以下J・ウェルチ)」の経営哲学や経営実践翻訳本との出会いであった。 アメリカが日本の企業に対抗して打ち出し、日本にもセンセーショナルに紹介された「6シグマ」の基本は、次のように要約できるものであった。 「6シグマ」とは、 ①「顧客満足:CS(Customer Sstisfaction)」を第一として ②「顧客の声:VOC(Voice Of Customer)」を重視し、 ③「経営内部の不良要因:CTQ(Critical To Quality」を絞り 込み、 ④「製品や業務の不良率:6σ」をスローガンに、 ⑤「課題」を定義(Define)し、現状を測定(Measure)し、分析 (Analyze)し、改善(Improve)し、「成果」を管理(Cont rol)し、 ⑥「無駄なコスト、機会損失:COPQ(Cost Of Poor Qualit y)」を極小化し、利益を最大化する問題解決経営手法である。 ビジネスにはさまざまなやり方があるが、常にもっとも迅速で効率の良い方法が求められる。モトローラ社が先鞭をつけた「6シグマ」は、多くの企業に導入され、効率のよい経営手法へと発展していった。 アメリカの企業を席巻した「6シグマ」を紹介する本の帯には、次のようなコピーが踊っていた。 〇「6シグマ」とは、単なる統計手法ではない。 企業のタイプを問わず、 社員の優れたアイデアや行動を引き出し、 儲かる仕組みを作りだし、文化の変革をも実現する手法だ! だから、日本にこそ必要なのだ! 〇巷で紹介されている「6シグマ」は、 標準的な教科書に過ぎない。 自社の経営プロセスは自社で構築する。 この気概が必要だ。 〇「6シグマ」を自社向きにアレンジし、 自社にあった形で展開しなければならない。 だからこそ、導入に成功した時、 素晴らしい喜びを得ることができるのだ! |
2「21世紀」の生き残りを賭け 世界の企業が学んだ J・ウェルチの「イニシアティブ・6シグマ経営」 アメリカ企業発の「6シグマ」を受け止める上で、「二つのポイント」があった。 一つは、日本企業が世界に誇った品質管理を起源としているという点であった。1980年代、日本企業の品質管理パワーの追随を受け、追い越された欧米企業にあって、中でも米企業が復活を賭けて日本企業を分析し、辿り着いたのが「6シグマ」であった。 二つは、日本企業の品質管理が製造現場の主体的なボトムアップに依存していたのに対して、「6シグマ」は経営トップの「イニシアティブ」で全部門上げて取り組むという点であった。 J・ウェルチは、「6シグマ」で20世紀最高の「CEO」と賞賛されることになった。「6シグマ」は、J・ウェルチが導入を決断し、成功に導いたことで、世界各国に知られるようになり、多くの企業が学び、導入することになったのである。 J・ウェルチは、「6シグマ」との出会いに先立ち、「GE社の事業の多くは、これから予想される市場の変化の早さについていけない。勝ち目のないビジネスからは撤退する」という戦略のもと、事業と社員の大々的なリストラに取り組んでいた。 GE社の経営を21世紀に向け標的とする市場、独自の技術、製品、商品を選択し、経営資源を集中するという「選択と集中」、「No.1,2戦略」の経営へと舵を切っていたのである。 そして、自らの行動や業務を変革する社員を重視し、「指示・指令」でしか動かない社員、「チェックと管理」しかできない幹部社員を排除した。この組織と人間の関係の改革で、10万人の従業員がGE社を去り、GE社は「小さい会社」のようなスリムで活力あふれる組織の会社に生まれ変わったと言われている。 最初、J・ウェルチは、「6シグマ」は集中的管理、官僚的、画一的という側面が強いとして、懐疑的であった。 しかし、モトローラ社等には大分遅れてではあったが、「顧客満足」を実現し、GE社を成長させ、収益を上げ、社員の信頼度を高める経営に向け、「6シグマ」を導入する決心をしたのであった。 J・ウェルチは、経営トップの強いリーダーシップのもと展開する全社レベルの重点施策を「イニシアティブ:Initiative」と呼んでいる。GE社の「イニシアティブ」の最たるものが「No.1,2戦略」への「6シグマ」の導入、実践であった。 それは、GE社が21世紀のグローバルな競争時代を生き抜いていくために、GE社で働く人間が部門や業務や職制の区別なく一体となって、仕入先や取引先とも連携し、「顧客満足」という共通の目的に向かって、「People Out」と「Work Out」を二本の柱として組織変革と業務革新に取組む「6シグマ経営」であった。 (1)People Out J・ウェルチは、経営トップの理念や方針、価値観を理解し、自らの業務を変革する社員を重視し、次のように熱く語りかけた。 ①自分の仕事に自覚を持って欲しい。 ②仕事の指示を待っているようでは困る。 ③自分で意志決定していい。 ④自分たちの運命は、自分たちの手の中にあるのだ。 ⑤自分たちも経営に参加しているという気持ちをもって欲しい。 そして、こうした語りかけに対応できない社員を整理した。すなわち「People Out」である。しかし、「People Out」は、社員の整理だけを意味するものではない。経営理念や方針、目標を理解し、業務を革新的に改善する社員を重視する人材育成、組織変革の施策でもあった。これが、J・ウェルチの「6シグマ経営」の起点となり、柱となった「People Out」である。 (2)Work Out 一方、J・ウェルチの人材育成、組織変革に対して、コロンビア大学のカービー・をウオレン教授は、やや揶揄の意を込めて「ずいぶん大量の人員を整理(People Out)したね。さて、仕事の整理(Work Out)はいつになるのかね」と尋ねたというエピソードが伝えられている。 J・ウェルチは、教授の「仕事の整理(Work Out)」というアイデアを大いに気に入り、顧客がほしい製品や商品、サービスを開発し、約束の価格と納期通りに届けるため、「日常の比較的単純な反復作業に発生するバラツキを取り除くこと」から、「大規模で複雑なプロジェクトが最初から上手くいくようにすること」まで、GE社の「6シグマ手法」をプログラム化し、社員の教育・訓練を徹底して実施した。 それが課題を「定義(Define)」し、現状を「測定(Measure)」し、「分析(Analyze)」し、「改善(Improve)」し、成果を「管理(Control)」するという「DMAIC」であった。そして全社を挙げて、この方法を容赦なく、無限に追求していく「6シグマ」を「Work Out」と呼ぶようになったのである。 J・ウェルチは、「GE社」への「6シグマ」の導入にあって、次のような「6シグマ経営語録」を残している。 ー 「6シグマ」は、これまでにない最大の経営革新の手段の一つで あり、企業の競争力を高める非常にパワフルなものだ。 ー だが、決して不安や混乱を招くようなものではない。歯の根っこ の治療とかそんな怖いものではない。 ー 上手にやれば元気が出るし、信じられない位の見返りがある。楽 しむことだってできるものだ。これを理解しないでいる贅沢は許 されないし、ましてや実践しないなんてとんでもない話だ。とに かく前に進もうではないか。 (3)IT次代の到来も見据えて J・ウェルチはまた、本格的なIT時代の到来を見据えて、「顧客満足」を第一に、品質向上やコストダウンや新製品開発に向けて、「私は、これからのIT時代に合致したビジネスの仕組みをつくる」として、「People Out」と「Work Out」の視点から、次のような「IT語録」を残している。 ー「IT」によって、すべての企業活動が透明化され、情報は一握 りの幹部による独占から全社員に行き渡るようになる。 ー下が知らない情報を握っていることでのみ権威づけられている ような管理職は存在意義を失う。これからの上司は、部下のエネ ルギーを引き出す力を備えなければならない。 ー顧客が受発注の状況や在庫の有無など、企業の内部情報を把握で きるようになる。 ーGEでは、幹部に若い社員をつけ「EC:eコマース」を学ばせ ている。私も若い女性社員について、競合相手の「ウェイブサイ ト」はどうなっているか、詳しく説明してもらっている。 ーインターネットの知識は、GEでもトップ層が1だとすれば、ボ トムは10である。 ートップ層が不十分な知識しか持っていなければ、インターネット 関連のビジネスに怖れを抱き、積極的事業展開に二の足を踏んで しまう。 ーGEのプラスチック部門では、ポリマーランド・ドット・コムと いうサイトを開設し、他社品も含め、あらゆる種類のプラスチッ クをインターネットで販売し、開設後10ヶ月で、売り上げは5 億ドルに達している。 ーGE社には「デストロイ・ユアビジネス・コム」という組織があ る。既存事業のビジネスの仕組みを破壊し、「IT時代に合致し たビジネスの仕組み」をつくるのが役割である。 J・ウェルチの「IT語録」は、今日の「 DX(Desital Trans formation)時代」に通じるものである。「DXは、ビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立することである」と定義されている。J・ウェルチの「IT語録」から、「People Out」と「Work Out」を2本の柱とする「6シグマ経営」の今日的な戦略課題として読み取ることができる。 |
世界中の企業が、J・ウエルチの『6シグマ』に代表される人材育成と経営管理を学んだ時期があった。彼のグローバルな影響力を考えれば、『20世紀最高』の称号は決して大げさではない。 ー 1981年から約20年にわたって、ゼネラル・エレクト リック社会長を務めた。「選択と集中」を掲げ、事業の多 角化と大規模なリストラを断行。在職中にGEの株価を約 30倍に引き上げ、世界の経営者の手本とされた。 ー 1935年に米マサチューセッツ州で生まれ、イリノイ大 大学院で博士号を取得後、60年にGE社に入社した。8 1年に当時最年少の45歳で会長に就任。 ー 経営学者ピーター・ドラッカー氏の「世界で1位か2位に なれる事業だけやりなさい」という助言を守り、リストラ とM&A(合併・買収)を推し進めた。 ー 工場閉鎖や大量解雇もいとわない姿勢から「ニュートロン (中性子爆弾)・ ジャック」の異名をとったが、「選択と 集中」は80年代以降の企業経営のキーワードとなり、9 9年には米フォーチュン誌で20世紀最高の経営者に選ば れた。 |
4「6シグマ経営」は、 |
1894~1989 和歌山県出身 砲弾型電池式自転車ランプを考案発売を出発点として、1934年(昭和9年)40歳で松下電器産業(株)を設立 1956年、66歳で 松下電器産業(株)社長を退き、会長に就任。1964年、熱海で全国販売会社・代理店社長懇談会を開催。営業本部長代行として、経営の指揮にあたる。 1965年、松下電器週休2日制を実施。1967年、「5年後には欧州を抜く賃金に」を発表。 |