満員電車の中で、
男心もて遊んだ謎の女性

 朝の田園都市線は寿司詰めである。吊革につかまってゆられるにまかせて立っている僕の顔を、なにか柔らかいものがなでるように滑っていきました。見ると、それは斜め後ろから吊革にのびていた若い女性の手でした。彼女は、揺れる電車の中でウトウトしながら、何度も吊革から、その手を滑り落としていらのです。
 そのうち、膝がガクッとおれて僕のふくらはぎあたりを攻めてくるではありませんか。そして右に左にゆすられているうちに、彼女の顎が僕の二の腕の上に乗ってしまいました。吊革につかまっているので、二の腕が肩と平行になって顎の支え台として丁度良い格好になったのです。何と彼女は、そのままの姿勢で目を閉じたまま気持ち良く眠ってしまいました。
 彼女の顎は僕の逞しい腕で支えられているので、膝を落とさなくても済みます。いくら激しく揺られても、顎が滑り落ちる事はありません。僕が左向けをすれば、すぐそこには彼女の唇が・・・。そんな時電車がひと揺れすれば、僕らはピンクの熱帯魚。

 僕は中年オジさんだから、むりに彼女を振りほどいたりはしませんでした。でもさすがの僕も、腕は疲れました。しかし、電車が渋谷に着くと、彼女は何事も無かった様に雑踏に消えて行ってしまったのです。彼女は何者だったのか。男心をもて遊んだ責任はどうしてくれるの・・・。(渋谷)


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