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  BMM【Belhyud Mail Media】 No.51 2002.1.29発行   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新連載
「日本版6シグマ」による人材育成と組織強化
 No.1
今、なぜ6シグマなのか

はじめに

 今日アメリカ経済は、従来型大企業の再生とその再生を基盤としたベンチャー企業の創出によって、再び世界市場を大きく支配している。アメリカ産業界の復活は、大企業中心の「6シグマ活動」をベースとした「ベスト・プラクティス」運動(成功した他社から学ぶ)によってもたらされたといって過言でない。それはとりもなおさず、従来型大企業の「経営の構造的戦略転換」への必死な取り組みでもあった。

 日本も「ものづくり」を中心に、再び世界市場のリーダーに復活できるためには、それはとりもなおさず日本経済の不況脱出への道にもつながることであるが、企業自らが「アメリカの6シグマ」に真摯に学び、独自に経営上の構造的戦略転換を模索していかなければならない。
 この連載では、こうした視点から、日本企業にフイットした「独自の6シグマ活動」のあり方を追求し、「日本版6シグマ」として位置づけるとともに、その具体的なプログラムの内容について、段階的に紹介していくこととしたい。日本の企業が、「日本版6シグマ」を成功させ、自らの経営構造改革を実現できるためには、経営トップ層から現場まで、その本質を理解し、一体となった取り組みが必須である。そうした一体化体制をどう作るか、そのためには「人材の育成と組織の強化」が必須である。そこにはどんな課題があり、具体的にどのように解決していったらよいかについても、実例を含めて、7回にわたって詳細に述べることとしたい。皆さんの企業における日本版6シグマ導入と展開に少しでも参考になれば幸いである。

経営戦略転換のための
 経営管理手法「6シグマ」

(1)不可欠な第一、第二変曲点の認識

 日本経済は、10年来の政府の景気刺激策は一向に実らず、デフレ不況に陥ってしまった。小泉内閣の「構造改革」がいよいよ現実的な課題になってきている。しかし、実際的な話になると、肝心の経済学者やエコノミストの意見もまちまち、先行きはなお不透明である。
 日本は1960年以降、10年以上にわたって10%台の高度成長が続き、74年にはオイルショックで一時的にマイナスを経験したが、その後はバブルの発生で最高水準に達した90年まで、平均して4%台の中成長が続いた。しかし、90年、2つのビッグな歴史的出来事を同時に体験することになった。「バブルの崩壊」と「大競争時代(メガ・コンペティション)の到来」である。日本経済は、この二つの側面から低コスト化競争を余儀なくされ、1%を切る低成長期に入り、ついに96年を境にマイナス路線に転じるに至った。
 ところで、この間の「日米のGDP推移」を比較してみた。(「日米GDP比較表」(図1)を参照)。アメリカに比較して、日本経済の推移の特徴が顕著である。そこで、日本が成長カーブを維持できなくなり、マイナス成長に転じた1996年を「第一変曲点」、また近い将来、景気回復施策が実り、GDP曲線が再び成長方向に転ずる時があるとして、その点を「第二変曲点」と呼ぶことにした。
 日本の企業は、この10年間、厳しい生き残り競争を展開してきた。しかし、「第一変曲点」を通過してしまった以上、生き残りを懸けた低コスト化競争にしのぎを削れば削るほど、経済全体は当面シュリンクし、「第二変曲点」は遠のかざるを得ない。その上昨今では、低迷し続ける国内消費、公共投資の削減に、アメリカ発のIT不況と同時多発テロが加わった。東証一部上場企業834社の9月中間連結決算の集計によると、当期利益は前年同期比の46.4%の減益となり、大幅な人員削減計画を発表する企業が相次いでいる。
    
  これまで日本は、「規格工業製品」の大量生産を得意とし、世界の市場をリードしてきた。しかし主役は、既に東南アジアや中国に移つりつつある。日本の10年来の「いかにコストを下げ、いかに安い価格販売に耐えるか」という低コスト、低価格販売競争路線は、ほぼ限界に達し、今や、従業員の大量削減以外に打つ手なしといった状態である。この意味で、日本企業にとっては、この10年間は結果的にまさに空白の10年であった。 問題は、その結果として、先進国間の国際的比較でも、日本企業の生産性は最下位レベルにまで落ち込んでしまったという事実である。一番の原因は、先に見た「第一変曲点」についての認識が甘かったことにある。日本の多くの企業にあっては、第一変曲点以前の、特に80年代の成功体験に固執した結果、無策なままに徒に10年が過ぎてしまった。第一変曲点以前の経営から脱却し、新たな経営方式の模索に時間と金をかけなおすべき、いよいよギリギリのところまで追い込まれてしまっているのである。

(2)再びアメリカに学ぶ時

 では、何にどう取り組むべきか。多くはなお暗中模索中であるが、いずれの企業にとっても、既存事業での生き残りと新規事業開発への取り組みが中心的経営課題であることに大差はない。我々は10年にわたる厳しい低価格化競争で、知恵も活力も枯渇し懸けてきているが、既存事業で生き残っていくにせよ、新規事業の開発に挑戦する道を選択するにせよ、ここ20年来のアメリカの産業界復活の歴史の中にヒントを見つけることができるのではないだろうか。
 結論的に言えば、その一つが「6シグマ活動」である。6シグマは、「VOC:Voice Of Customer:顧客の声」と「COPQ(Cost Of Poor Quality:製品やサービスの品質不良のために生じる無駄なコスト」という概念がベースになっている。「VOC」を重視し、「100万個の製品中、3.4個程度しか不良を発生させないレベルのシステム」をつくり、「COPQ」を限りなく極小にしようとする「品質管理活動」である。それはまた、「製品やサービスの品質」に関わる「経営方針の設定や意志決定、業務の効率性」といったビジネスのあらゆる局面を根本的に見直していくための「経営と現場が一体となった、経営革新のための問題解決活動」であるということができる。
 日本企業のビジネスプロセスや人材や組織マネジメント方式は、依然として第一変曲点以前の、右肩上がりのキャッチアップ型経営システムの中にしっかりと組み込まれたままで、国際的な競争力を急激に失ってきている。「日米GDP比較表」(図1)をもう一度見て戴きたい。アメリカは80年代、日本の追随を受け、構造的不況に陥っていた。しかし、85年から95年にかけて、生産性向上のための経営改革に必死に取り組み、急激な立ち直りを見せている。中でも、従来型大企業の動きが顕著であった。それは、日本企業との品質管理競争に破れ、構造不況に陥った80年代以来、モトローラ社をはじめ従来型大企業が中心となって取り組んだ品質管理面からの顧客ニーズへの対応を第一とした「問題解決型経営への戦略転換」であった。この戦略転換のための「経営管理手法」こそが、ますます多様化し、個別化していく市場ニーズに対応し、コア技術を中心に製品やサ−ビスを特化し、100万分の3.4程度のミスしか許さない、きわめて高いレベルの総合的な品質管理によって、顧客満足を徹底的に追及するという「6シグマ」であったのである。

アメリカの「6シグマ」誕生の背景
 
 それでは、アメリカ企業の「6シグマ」の誕生と発展のプロセスはどのようなものであったのか。1979年、日本のポケベル市場に参入しようとしたアメリカの通信機メーカであるモトローラ社が、日本のメーカと比較して自社の不良率の高さに驚き、品質改善活動に懸命に取り組んだことが発端になったと言われている。
 その後、「6シグマ」は品質改善のための「問題解決活動」として、先に見た「ベスト・プラクティス運動」の流れに乗って、テキサス・インストルメント、IBM、アライドシグナル等、従来型大企業を中心に暫時広がりを見せ、アメリカの「モノづくり復活」につながっていった。
 中でも1995年、GEのジャック・ウエルチが導入を決意し、「GE版」とも言うべき6シグマ活動を展開し、大きな成果を上げ、世界でもっとも尊敬される経営者として評価されることになった。6シグマの存在は、このジャック・ウエルチの成功によって、世界各国に一気に知られる結果になり、欧州企業やアジア企業にも広がっていった。
 ところで、「6シグマ」とは、統計学上の概念である標準偏差「σ」の6倍の範囲内に品質のバラツキを押さえようとする考え方である。「ものづくり」において言えば、これまでの3σ、つまり歩留まり99.73%という品質管理レベルを、6σ、つまり99.99966%というレベルにまで、一気に改善しようとするものである。
 戦後、日本の企業は品質にこだわり続け、当時の日本製のテレビや腕時計は、既に「6σレベル」に達していた。品質管理の面で遅れをとったアメリカは、トップ企業の経営者を中心に、日本企業の品質管理に学ぶ姿勢を持っていた。ますます手強い相手になっていた日本企業に対応しようとして、モトローラに触発された米国企業は、品質を最優先することを経営課題にする決心をしたのであった。
 しかし、アメリカの企業には勝算があった。日本の品質管理は、精密機械や乗用車、電子機器といった製品に限られ、製造すること以外には応用されていなかった。日本は品質向上のプログラムを、製造現場のボトムアップ的な小集団活動に限り、経営や業務全体のプロセス改善に向けようとはしていなかった。もし、アメリカの企業が、この「6シグマ」を、製品をつくること以外に、ホワイトカラーのを中心とした業務プロセスの改善や経営の方針設定や意志決定の質向上のための「問題解決活動」にまで応用できるならば、品質競争でも日本企業に勝てると考えたのである。 


「6シグマ」
  における「2つの概念」
 
 ところで、「6シグマ」の成功によって、GEを世界トップレベルの企業に導いたとされるジャック・ウエルチは、21世紀にふさわしい企業に向けて、社員一人一人に厳しく自己変革を迫った事が、その強烈な問題意識とリーダーシップとともに伝説的な語りぐさになっている。
 ジャック・ウエルウチは、経営トップの理念や方針、価値観を理解し、問題を解決するために自らの業務を革新的に創造する社員を重視した一方で、そうした路線に対応できない多くの社員を整理した。その結果として、80年代の終わりには、「GEはスリムで活力あふれる組織」に生まれ変わったと言われている。
 この時点で、既に10万人の従業員がGEを去っていた。このジャック・ウエルチの組織変革に対して、コロンビア大学のカービー・ウオレン教授は、やや揶揄の意を込めて「ずいぶん大量の人員を整理(People Out)したね。さて、仕事の整理(Work Out)はいつになるのかね」と尋ねたというエピソードが伝えられている。実は、筆者は、この「People Out」と「Work Out」という二つの概念こそが、ジャック・ウエルチが展開した「GE版6シグマ」の本質であると認識している。

(1)People Out

 GEの6シグマ導入は、1995年であった。従って直接的関係は薄いが、1981年、ジャック・ウエルチはGEのCEOに就任と同時に、結果的に、その後の「GE版6シグマ活動」の布石となった「ある戦略」を発表している。 それまでアメリカは、鉄鋼、繊維、造船、テレビ、計算機、自動車等の分野で、世界市場を支配していた。しかし、日本の低価格、高品質製品の追い上げを受け、輸出力は急激に弱体化していた。
 そこでジャック・ウエルチは、これからは国際的な視野を持つ企業が、次々と世界の舞台に飛び出してくることを予測し、こうした競争に勝つためには、生産性の低い事業は整理しなければならないと考えた。そこで、21世紀に世界でナンバーワンかナンバーツウを目指せる事業に絞って重点化することとし、それ以外の事業は譲渡するか、撤退するという戦略をとる決意を行った。いわゆる「No.1、No.2戦略」である。ジャック・ウエルチは、この「戦略」をもとに、生産性の低い事業とともに大量の管理職や従業員を厳しく整理することになった。つまり、カービー・ウオレン教授の言う「People Out」である。
 しかし、この「People Out」は、単に人員の解雇だけを意味するものではない。「自らの経営理念や方針、価値観を理解し、問題を解決するために業務を革新的に創造する社員や組織を重視する」という、その後のGEの6シグマ活動を支えた「人材育成、組織強化」の基本的概念であると同時に、その方向性を意味するものであったのである。

(2)「Work Out」

 一方で、ジャック・ウエルチは、先のカービー・ウオレン教授の「仕事を整理する(Work Out)」というアイデアを大いに気に入っていた。そこで、ビジネススクールの教授やコンサルタントを雇い入れ、大変な熱意を持って、「GE内部の業務がよりよく行われるための方法」の研究を開始した。そして全社を挙げて、この方法を容赦なく、無限に追求していく作業そのものを「Work Out」と呼ぶようになった。やがて、「Work Out」は、GEにおけるすべての現場の問題解決を目的とした主体的な小集団活動として発展し、さらに単なる製品の品質管理にとどまらず、GEの経営や業務の品質を強化する「GE版6シグマウエイ」として確立されていったのである。
 ところで、1980年代までのアメリカ企業では、よく言われるように「マニュアル」で動く「指示統制、管理中心の組織」が一般的であった。ここでは、このタイプの組織をM0型組織と呼ぶことにする。これに対して、日本企業は、「タテマエやルール」を自主的に守る「和と協調重視の組織」であった。このタイプの組織を、先のM0型に対してM1型組織と呼ぶことにしたい。日本企業の品質管理を支えた製造現場の小集団活動の成果は、この「M1型組織社会」の所産であった。当時の品質管理において、日本の企業がアメリカの企業の追随を許さなかったのは、まさに「M1型組織」の「M0型組織」に対する勝利であったと言うことができる。

 ジャック・ウエルチは、アメリカ社会に一般的であった、この指示命令で管理される「M0型組織」の否定こそが、アメリカ企業復活につながると考えたのである。しかし、和と協調重視のボトムアップ型システムで動く日本の「M1型組織」の限界も看破していた。そして、M0やM1型の組織や人間を整理(People Out)し、社員人一人が問題解決に創造的に挑戦する「M5型組織」づくりをめざすとともに、そうした組織や人間が具備しなければならない武器として、「Work Out」を発展させた「GE版6シグマウエイ」を位置づけしたのである。

日本版6シグマの提案
 これまで、モトローラの品質管理手法として誕生した「6シグマ」が、GEのジャック・ウエルチの実践によって経営戦略転換のための管理手法として発展してきた経緯を見てきた。また、「6シグマ」を支える「People Out」、「Work Out」という二つの概念についても簡単に紹介した。

 ところで、アメリカでも昨今の経済失速を契機に、GEやモトローラ、デルコンピュータ、インテル・・・等大企業の人員削減が急を告げてきている。これまで、アメリカ企業の復活につながった「6シグマ」について紹介してきたが、今後のアメリカ経済の再建は、「政府によるマクロ経済政策」、「各企業各社の株価回復への真摯な努力」、「新しいベンチャア−企業の進出」の3本の柱で進むであろうと言われている。

 こうした施策の中にあって、株価回復につながる、「People Out」と「Work Out」に裏付けされた6シグマ的アプローチは、ますます重要な位置づけになっていくに違いない。しかし、このことは、同時に大量の雇用の放出を生み出す。それを政府の施策やベンチャー企業によって救済、吸収していくという図式である。 

 図式通りに行くかどうかは別として、ひるがえって、日本の場合はどうであろうか。経済回復の施策とその見通しは依然として霧の中である。問題は「第二変曲点」に向けて、「第一変曲点」以前の過剰をいかにスピーディーに確実に後始末していくか、新しい成長路線をどうつくっていくかである。

 景気を大きく左右する国民の一般消費は、後始末路線では簡単には回復しない。厄介なことに、この二つは全体として同時に実現されなければならない。この対応策としては、政府の施策以上に日本企業の自らの生産性の質的レベルアップが不可欠である。そうした視点から、既にアメリカの「6シグマ」、中でもジャック・ウエルチの「GE版シックスシグマ」に学ぶことの可能性と必然性について述べた。それは、アメリカの6シグマの本質を理解し、M1型組織に代表される日本企業の文化的風土的特質を踏まえた「日本版6シグマ」の追求でもある。

 そこで次回は、最初の各論として、日本版6シグマ活動の展開に不可欠な「5つのガイドライン」を紹介することとしたい。さらに、この「5つのガイドライン」をもとに、6シグマ活動をどのように展開していくか、そのスタンダードな「活動基本フロー」を紹介することによって、先ず「日本版6シグマ活動」の全体像を具体的にイメージして戴けるようにしたいと思う。


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