皆さんへ
事務局からの呼びかけ

皆さんへ
日頃はお世話になっております。この度、福島第一原発事故により避難を余儀なくされている皆さんが故郷へ一日でも早く帰還できるようにと「フクシマ復興応援ネットワーク」を設立し、微力ながら故郷への帰還応援を致します。日本技術士会の応援も受けることとなり、吉川本部長が本会の代表者です。
このため多くの皆さんにバックアップ頂きたいと考え、親戚、知人・友人、仕事関係の皆さんにお願いのメールを差し上げました。趣旨に賛同されましてネットワークの会員になって頂きたく、宜しくお願い申し上げます。(事務局 植田孝正


拝啓
 年を重ねると月日はまさに「光陰矢の如し」の感があります。平成23年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故から早3年と3か月が経過しました。
 植田孝正は故郷・浪江町が恋しくて、当初から何か故郷への手伝いが出来ないものかと考え、平成24年2月から実家の潟Eエダ建設の支援を兼ねて、除染工事の事前調査、監督業務や請戸川・高瀬川の河川調査などを全国から有資格者を招請し、いかばかりかの手伝いをして今日に至りました。
 しかしながら、田村市都路地区等一部を除いて被災地帯、特に双葉地方の除染は遅々として進まず、13万人余は世間から忘却の彼方へ押しやられ、事故そのものも風化し、故郷への帰還は目途が立っておりません。最近、原発事故は風化し、避難住民の方々も気持ちが折れそうだという話を聞き及びます。

 このような折、植田孝正の友人である双葉町出身の井上仁氏は、事故発生直後からボランテア支援活動に取組む傍ら、住民や自治体の被災実態、国や東電の復興施策を克明に記録、整理した「福島原発被災者の歩み」を刊行しました。
 この本の中には、植田孝正の当時の状況報告も大量に取り上げられています。是非目を通して頂ければと思います。皆様には是非「
ご案内のチラシ」により購入頂き度く、厚かましいお願いですがよろしくお願いいたします。友人・知人にも皆様から推薦いただき、1冊でも多く購入いただければ幸甚であります。

 さらに故郷浪江町、双葉町等への帰還へ向けて、日本技術士会の支援を受け「フクシマ復興応援ネットワーク」なる組織を設立致しました。趣旨は「FMM(フクシマメールマガジン:
No.1」の通りです。皆様に会員になって頂き、叡智と助言をお願いしたいと考えました。フクシマ問題を風化させてはならないという思いで、皆様には、現地の情報、復興応援への取組み状況を「FMM」を通して、報告致します。
 住所とメールアドレスを「植田孝正」宛お知らせ下さい。住所の開示に支障のある方はメールアドレスだけでも結構です。登録情報は事務局で厳重に管理します。会費などの徴収はありません。以上勝手なお願いですが、宜しくお願い申し上げます。(14.6 植田孝正


追記
 その後、「フクシマ復興応援ネットワーク」の事務局を一緒につとめて戴いている浪江町出身の植田孝正さんが、実家のウエダ建設が関わった神社仏閣・建造物が地震と津波で受けた被災状況、原発事故で無人の村や町となった故郷の姿を記録に残し、後世に伝えることは私どもの使命だとして、このたび写真集「
寿よごと)」を上梓しました。
 
 植田さんは「この大地震・大津波・原発事故とは何だったのかを、私たちなりに改めて考えようと意図した。福島県浜通りの一企業、一家族の記録だが、浪江町はもちろん福島県を故郷とする人々とこの思いを共有でき、多くの皆様の未来のために役立つならば幸いです」と述べています。
 まさに、「私たちの浜通り。100年の記憶と3年の記録」として、これからを生きる浪江町のみならず近隣の村や町の皆さんにも広く共有していただきたい内容だと思います。

 「写真集」では、植田家フアミリーの皆さんの生き生きとした姿を留めたセピア色の古写真とともに、植田家の5代にわたる建設業の生業を通して地域の文化を守り、近代化の一翼を担ってきた歴史が映し出されています。私どもには、「植田家の過去への感傷を超えた、フアミリーとして再び結束し、生きる光明を見出そうとする思い」が伝わってきます。(14.7.31 井上 仁


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