軍政は国民融和に成功するか
ータイー

2014
市政8月号
(全国市長会)

 最近は、東南アジア諸国は勿論、世界中を見回しても、軍部がクーデターを起こし、政権を奪取するといった話はほとんど聞かない。民主主義が世界中に広がり、あらゆる情報が国民の耳に入るようになった現在では、クーデターは「過去の遺物」になった感がする。
 ところが、「微笑みの国」として知られるタイはその点で非常に珍しい存在なのである。それでも、1990年代初めから政界への軍のあからさまな干渉はなくなっていたが、貧困層を地盤にしたタクシン首相の登場で事態は一変。2006年の実力行使に続いて、今年5月にはまたも全権を掌握してしまった。それでも、この国では民主主義を否定する軍部の横暴に非難ごうごうというわけではない。それどころか、軍部は国王から支持のお墨付きをもらい、既得権益層は歓迎と言うから、いったいこの国はどうなっているの、と誰もが思いたくなる。


そろりと軍が乗り出す
 タイ軍の事実上のトップであるプラユット陸軍司令官がクーデターを発動して、全権を掌握したのは5月22日夕方だった。軍を代表して国家の統治に責任を持つのは、新設された国家平和秩序維持評議会(プラユット議長)である。すでに、議会は下院が昨年末に解散となり、今年2月に実施された総選挙も憲法裁判所の判断で無効とされており、事実上、機能を停止したままだ。再開如何は同評議会の胸三寸に掛かっている。また、インラック首相は今年5月初めに、憲法裁判所で高官人事が違憲とされ、失職した状態だ。プラユット議長は首相代行に就任し、憲法も停止した。

 この二日前の20日、プラユット司令官は突然、戒厳令を発動した。この際には、同司令官は「これはクーデターではない」と強調し、政界の混乱の収拾が目的だとしていた。実際のところ、同司令官はその直後から、政界の混乱を招いたタクシン元首相派(赤シャツ隊)と反タクシンの既得権益層(黄シャツ隊)の双方の代表を招き、仲介の労を取った。だが、結局は物別れに終わり、プラユット司令官は今やこれまでとクーデターに踏み切ったのだ。

 同司令官がクーデター前に、中立的な調停者としての軍の姿を内外にアピールしたのには、それだけの理由があった。さすがに最近はタイでも、クーデターに対する国民の感情は複雑で、軍としてもやるだけのことはやったという「アリバイ証明」が欠かせなかったのである。

 評議会が発表した行程表などによると、民主化は3段階のスケジュールに沿って進められ、まず、今年9月までに暫定政権を立ち上げ、第二段階で憲法を制定し、第三段階の来年9月ごろに総仕上げの民主化のための総選挙を実施する予定だ。

既得権益層寄りの流れに
 問題は、評議会の狙いが明らかに反タクシン派の既得権益層による政権奪回の側面支援にあることだ。タクシン派が東北部の農村地域の貧困層を地盤にするのに対して、反タクシン派は都市の富裕層や官僚、知識階級に加え、軍隊や警察などの既得権益層が支持勢力となり、その背後には民衆の信望の厚いプミポン国王のタイ王室が控えている。

 タクシン元首相はこれらの貧困層に目をつけ、各種のばらまき政策を導入して、貧困層を引き付けて、支持を拡大させた。しかも、既得権益層への怒りを焚き付け、政治意識の改革に乗り出した。この戦略が功を奏し、タクシン派はこのところ選挙では連戦連勝の勢いだ。東北部の農村の貧困層が全人口の過半数を占める以上、この大票田を味方に付けたタクシン派が選挙で勝利するのは当然の帰結だ。

 今回のクーデターは、このようなタクシン派の「横暴」に我慢できなくなった既得権益層の、いわば「反乱」である。だから、クーデターに至る過程で、軍上層部と民主党など野党勢力の指導者との間には密室での談合があったようだ。プミポン国王もクーデター後に早々と支持を表明した。

政治の安定は至難の業
 こういうわけで、来年秋ころに総選挙を実施して、既得権益層の主導する民政に復帰するというのが、全権を握る同評議会の筋書きだ。だが、果たしてタクシン派を納得させることができるかどうか。

 既得権益層は現行の選挙制度に不信感を抱いており、自分たちに有利になるような選挙制度の「改革」を要求している。それは自由で平等な民主的な制度の後退を意味する。当然ながら、タクシン派の激烈な反発が予想され、ここが一番難関だ。

 実は、既にタイでは、既得権益層の政権奪回を支援する制度的な整備が着々と進んでいる。憲法裁判所は既得権益層の牙城と化しているし、国家反汚職委員会や選挙管理委員会などの重要な国家機関も反タクシン派が固めているようだ。軍部も王室も既得権益層の最強の同盟者だ。

 既得権益層の有無を言わせぬ攻勢に、政治意識の高まったタクシン派支持の貧困層はどう対応するか?大衆蜂起に発展する恐れもあり、そうなれば、微笑みの国も血なまぐさい内戦状態に陥りかねない。既得権益層もこれだけは避けたいところだ。

 現在、軍政は、インラック前政権が導入した農民優遇策である米買い取り制度の代金支払いを再開した。タクシン派支持の農民たちの懐柔策である。また、不人気な夜間外出禁止令も近く解除する構えだ。タイの後ろ盾の米国政府の批判や外国企業の不安を払しょくしようと懸命だ。同評議会も内外のクーデター批判には神経質となっており、早期の民政復帰に全力を尽くさざるを得ない状況のようだ(7月3日) 


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