混乱のタイに泥沼化の危険
2014
市政2月号
(全国市長会)
 

 しばらく一応の安定を維持していたタイ情勢がまたも、反政府勢力の激しいデモ攻勢で大揺れしている。政界の台風の目とも言えるタクシン元首相の妹インラック首相は、下院(定数500)の解散・総選挙の実施を発表して融和に乗り出したが、反政府側はその目標を政権の交替に格上げして譲ろうとしない。しかも、反政府側はこのところ、総選挙で連戦連敗しているため、自分に有利な選挙制度を導入した後に総選挙を実施するよう要求、最大野党の民主党もこれに呼応して総選挙ボイコットを発表している。政府・与党側は総選挙を強行する構えだが、軍や国王の動きとも併せ、その先行きには不透明感がますます高まっている。


恩赦問題が引き金に

 混乱の引き金となったのは、インラック政権による恩赦法制定の推進だった。この恩赦法案は、2006年にタクシン政権打倒の軍事クーデターに絡んで刑事責任を問われた人々に対して、恩赦を与えようとするものだった。

 インラック女史は約2年半前の総選挙にタイ貢献党を率いて、海外に亡命中のタクシン元首相の身代わり候補として出馬。ソフトムードを前面に押し出し、下院の過半数の議席を獲得、首相の座に就いた。しかし、同首相は実質的には、タクシン元首相の操り人形的な存在であり、海外に滞在中の同元首相による遠隔操縦下にあった。

 政府・与党側には、インラック政権が健在な間に、恩赦法を成立させ、タクシン元首相の帰国と政界復帰を可能にして、タクシン派の長期政権への道を開きたいという思惑があった。

 そこで、2013年11月1日に貢献党など与党が恩赦法案を強行採決するや、危機感を抱いた反政府勢力(市民民主化同盟、黄シャツ隊)が強く反発、連日デモを挙行。これに対抗してタクシン支持派(反独裁民主戦線、赤シャツ隊)も、集会を開いて気勢を上げ、両派の対立がエスカレートした。このような状況の中で、10日後に、上院が恩赦法を否決、同法案は事実上廃案となり、インラック首相もこれを受け入れた。

目標を政権奪取に―反政府側

 恩赦法が廃案となり、反政府側は当初の目標を達成したわけだが、これだけで矛を収めるつもりはない。前回の総選挙に不正があったとの理由から、民主主義の奪回を合言葉にさらに政府を追い詰めて行く戦略だ。反政府勢力の指導者ステープ元副首相は政府省庁の占拠などで気勢を上げ、12月初めには、インラック首相が下院の解散、総選挙の実施の表明で譲歩した直後に、25万人参加の反政府デモを挙行、国民の支持の大きさをアピールした。

 ステープ元副首相は政府・与党に対して、総選挙を実施する前に、国民各層から成る「人民議会」を創設し、国を暫定統治させてから、総選挙を実施するよう要求している。その間に、反政府勢力の強い地域の定員を増やすなど、自分たちに有利な選挙制度を制定する構えだ。

 このところの総選挙では、タイ貢献党を中心とするタクシン派が連戦連勝している。このままでは、次の総選挙でも野党側が負けてしまうとの判断が背景にある。野党の民主党のアビシット党首もこの黄シャツ隊との共闘を重視、次の総選挙をボイコットするとの方針を発表した。

泥沼の長期戦の恐れ

 総選挙は2月2日に設定されており、インラック政権は野党側がボイコットを決定したにも関わらず、あくまでも総選挙を実施して、黒白を付ける方針だ。選挙を実施した後に、全政党の参加する「改革評議会」を設立して、政治改革を断行するとの対案を発表し、反政府側を宥めようと懸命だ。

選挙管理委員会は昨年末、比例代表候補の登録受付を開始、すでに締め切られた。だが、与党のタイ貢献党など多数の政党が立候補者の届け出を行ったものの、最大野党の民主党は登録を拒否した。

 反政府勢力は1月13日には「バンコク占拠作戦」と銘打って大規模デモを実施する予定で、バンコク市内の主要交差点にステージを設けて集会を開催すると共に、政府機関の水、電気などを止め、政府機能をマヒさせる方針だ。政府側は警備強化のために、警官約2万人を出動させることにしており、双方の対立は抜き差しならぬ状況になりそうだ。

 タイの政治的な混乱は、東北地方の貧困層や農民を地盤にするタクシン派の政府・与党と、バンコクを中心とする都市の官僚、企業家、知識人など各種の既得権益層を支持基盤とする反政府勢力との対立が背景にある。

 これまで、タクシン派は各種の農民優遇策や最低賃金の引き上げなど、これらの貧しい社会層の利益になる大衆迎合的な政策を打ち出し、総選挙の度に勝利を収めてきた。次回の総選挙でも、タクシン派有利との見方が大勢を占める。だから、野党と反政府勢力は選挙制度の改革や選挙のボイコットを打ち出したりしているわけだが、選挙制度をいじったり、民主主義的な選挙まで無視するやり方には、有権者からも批判が出てきそうだ。

 このままでは、総選挙の実施自体も不透明で、両派の対立は泥沼化しかねない。タイ経済への悪影響が不可避で、進出日本企業も神経質になりつつある。そこで、噂されているのが軍部のクーデターだ。軍はタクシン派と折り合いが悪く、軍トップも最近、その可能性を否定しなかった。また、国民の信望の厚い、86歳と高齢のプミポン国王の介入に期待する向きもある。だが、こういう非民主的な解決は、今の時代、国民の批判を招く恐れもある。一昔前と比べて、軍も国王も簡単には動きにくく、タイ政界の混乱の収拾を一層難しくしている。(1月5日)


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