緊密化の日印関係―思惑にはズレも
2013
市政7月号
(全国市長会)
 


マンモハン・シン首相が(80)定期首脳会談のために来日し、安倍首相と久々に旧交を温めた。そして、両国間の重層的な関係緊密化に向け、様々な分野で協力を推進することで合意した。今年末には、インドへの天皇、皇后両陛下の初訪問が確定、首相自身も今年中に再訪することになった。インドとの協力強化は安倍首相の第一次政権の時からの念願だが、今回は一段と熱気が増してきた。この背景には、中国けん制という狙いで両国間に共通の利害関係が強まったからだ。ただ、日本側の大きな期待にも関わらず、インド側はこの点で幾分腰が引けている感じもするが、日印の緊密化は中国にとっては苦々しいことだろう。


中国との国境紛争
インドは中国との間に、北東部のカシミール地域で両国間の国境線の位置を巡って長年にわたる紛争を抱えている。中国は1962年、この地域に武力侵入し、これが原因で中印戦争が勃発した。結局は、先制攻撃を仕掛けた中国軍が勝利を収めたが、その後もしばしば、この地域の領有権を巡り、両国間に紛争が持ち上がっている。

この中国との戦争を機に、インドは核兵器の開発に乗り出して、今や、核保有国としての立場を確立している。中国はこのインドにとって不倶戴天の敵であるパキスタンを後押しして、東西からインドを挟み撃ちする構えだ。しかも、インドに対抗して、パキスタンも核兵器を開発している。

インドは中国とパキスタンを仮想敵国と見なし、かつ、非同盟諸国のリーダーとして、旧ソ連と緊密な関係を維持してきた。これに対し米中がパキスタンに巨額の援助を供与して支援するという複雑な構図が定着していた。

中国軍はつい最近の4月にも、カシミール地方でインド側に侵入し、急派されたインド軍と対峙し、緊張が走った。だが、5月末の李克強首相の訪印の直前に、手打ち式が行われたばかりだ。

中国はインド洋にも触手を伸ばす。いわゆる「真珠の首飾り」戦略で、インド洋を取り巻くミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどで港湾へのアクセス取得を画策、これがインドを刺激している。

根深い障害のない日印
未だに第二次世界大戦中の日本の行為を取り上げ、「反日」を政治利用する近隣諸国―とりわけ、韓国と中国―がある中で、日印の間にはそのような根深い障害となる要素はない。当時、インドは英国の植民地であり、戦争が引き金になって1947年に独立した。戦争中は、チャンドラ・ボースが日本軍の支援を得て、独立運動を展開したほどだ。極東国際軍事裁判でもインドのパール判事が「日本無罪論」を展開、連合国側の主張に真正面から反対した。

日印両国には靖国や慰安婦問題、さらには賠償問題もない。しかも、昔から仏教を通じて日本はインドに親近感を持っている。それに、今や、双方ともアジアで、民主主義の価値観を共有する地域大国である。

考えてみれば、両国の関係がこれまで、疎遠だったことに驚かされるほどだ。一つには、インド側の事情としては、戦後の米ソ冷戦の狭間で、ネール首相らがどちらの陣営にも属さない非同盟運動の指導者として活躍したこととも関係があるかもしれない。日本側としては、戦後は戦争で被害を及ぼしたミャンマー以東のアジアの国々との関係修復に奔走して、それで手一杯だったことも一因だろう。

しかし、今や、両国は完全に補完関係にあり、関係を強化して相互が明白な利益を共有できる環境にあると言えよう。

対中牽制には、インド海軍と海上自衛隊との合同演習は有益だし、インドはインフラ不足が深刻だけに、地下鉄や新幹線や原子力発電所の建設協力では両国の利害がマッチする。今回の首脳会談でこれらすべてに大きな進展が見られた。

中国刺激を恐れるインド
日本としては、暴れ回る中国を四方八方から包囲する網を築くことこそ戦略的な狙いだ。だが、現在の国民会議派主導の統一進歩連合(UPA)のシン政権はその点で共通の利益を認めながらも、このような戦略に加担することを躊躇している気配がある。

その背景には、特に、軍事、経済面でインドを凌駕する中国を怒らせては大変との不安があるようだ。インドはこれまで中国との戦争を含め、様々の紛争で中国側に終始押されている。今回の国境紛争でも、中国側が国境線を越えてインド側に侵入してきたにも関わらず、手打ちで、中国側に非を認めさせた様子はない。陸海空いずれの分野でも、インドは劣勢なのだ。

それに、日米などからの対中包囲網形成に誘われているインドに対して、中国は硬軟両様の圧力を掛けることを忘れていない。李克強・新首相が最初の外国訪問にインドを選んだのは、インドの自尊心をくすぐると共に、日米に加担しないよう無言の圧力を掛ける意図もある。

しかも、パキスタンでは5月の総選挙で野党が勝利、イスラム教保守層の支持するシャリフ元首相率いる政権の誕生が予想され、対印関係も一層緊張する可能性がある。

来年の総選挙を控えて、政権基盤の弱いシン政権は日本からの協力でインフラを整備して経済を回復させると共に、対中強腰路線で人気挽回を図りたいところだ。だが、米国との同盟関係もなく、中パの挟撃の圧力を跳ね返すだけの軍事力は望めず、対中包囲網への明白な参加には容易には踏み込めないかもしれない。(6月4日)


back