タイ
タクシン派が政権奪回

市政9月号
(全国市長会)  

 タイではここ数年間、クーデターで首相の座を追われたタクシン元首相派と反タクシン派の醜い政争で国内が分裂気味だが、7月初めに実施された総選挙の結果、タクシン元首相派が下院の過半数を押さえ、政権にカムバックすることになった。タクシン派の政党、タイ貢献党を率いたのは、タクシン元首相(61)の妹であるインラック女史(44)。与党、民主党のアビシット現首相も敗北は認めており、これでタイ史上初の女性首相が誕生することになる。実業家で、政治経験のないインラック女史が今後、果たして国民和解を推進して、タイ社会の安定回復を実現できるかどうかに注目が集まっている。


野党貢献党が勝利
  今回の選挙は3年7か月ぶり。汚職防止法違反により、タイ最高裁で禁固2年の実刑を宣告されながらも、現在、海外で政界復帰の野心に燃えているタクシン元首相の運命を決める選挙と見なされていた。
  タイ貢献党はタクシン元首相の身代わり首相候補として妹のインラック女史を指名するという意表を突いた戦略を打ち出した。こわもてのタクシン元首相の分身としてソフトムードのインラック女史を登場させ、未だに強いタクシン元首相人気を吸い上げようとの作戦だった。特に、伝統的にタクシン支持の根強い農村地域は勿論、都市の無党派層の若者たちを取り込むことを重視した。
  これに対し、連立政権を主導するアビシット首相の民主党は貢献党の選挙手法を厳しく批判して支持集めに全力を上げた。だが、政治的な混乱やインフレ問題の解決に指導力不足が目立ち、有権者の間に失望感が生まれ、支持拡大に結び付かなかったようだ。
  この結果、ほぼ事前の予想通り、貢献党が500議席のうちの過半数を越える265議席を獲得して勝利し、民主党は159議席にとどまった。

軍が不介入を宣言
  この結果、タクシン派の政党は4回連続して選挙で勝利を収めたことになり、タクシン元首相の人気強さをまざまざと見せつける結果となった。だが、首都バンコクでは、33全議席のうち、26議席を民主党が獲得し、都市部と農村部の亀裂の深さを印象付ける格好となった。
  インラック女史はタイ国民発展党など他の4党と連立政権を組む方針だ。こうしてタクシン色を薄め、タクシン元首相が国政復帰によって再び独裁に走るのではないかとの反タクシン派の不安を鎮め、安定政権の樹立を図ろうという思惑が込められている。
 タクシン派にとって、一番の頭痛の種は軍部との関係が悪かったことだった。タクシン氏は2006年には軍部のクーデターによって首相の座を奪われた苦い経験を持つ。このような懸念を払しょくするために、タクシン派は選挙前に、軍部との秘密会談をセットし、タクシン派の貢献党が選挙で勝利しても、現在の軍首脳のポストを維持する見返りに、軍部は選挙結果に介入しないとの密約を結んだとの、もっともらしい噂も流れた。
  事実、プラユット陸軍司令官は投票前から、選挙結果への介入を否定してきた。貢献党の勝利が決まった後には、プラウィット国防相が貢献党の組閣を認めると確約して見せたものだ。貢献党の過半数獲得という明白な現実を前に、民主的な政権の交替に軍部が直ぐに干渉するようなことがあれば、国民から大きな批判を受けると悟ったからだろう。だが、インラック女史が首相として、軍部の人事に介入するようなことがあれば、軍部からのしっぺ返しを覚悟しなければならないだろう。 
 それ以上にもっとセンシティブな問題もある。国王の継承問題がそれである。近い将来、インラック女史が首相在任中にも、高齢のプミポン国王(83)の後継者問題が起こる可能性が排除できない。インラック女史が複雑な背景を抱えるこの問題に不用意に口出しするようなことがあれば、王室の擁護者を自任する軍部が黙っているとは思えない。

タクシン元首相の処遇
 インラック女史は首相就任後、タクシン派と反タクシン派との長きにわたる争いを終わらせるために、国民和解を積極的に推進する方針である。また、タイの経済的な繁栄を貢献党の最優先課題として特に重視しており、これまで政治的な混乱が社会不安をもたらし、経済にも混乱を引き起こしただけに、タイ経済界はインラック女史の登場を歓迎している。
 だが、インラック政権の今後には色々の難しい問題が横たわっている。
  インラック女史の選挙公約では、タクシン元首相が打ち出したことのある米価格支持による農民優遇策、最低賃金の引き上げ、インフラの整備、教育制度の改善、それに法人税の減税などの経済政策の実施がうたわれている。これらの政策は農民や労働者の忠誠心の引き止めに重点が置かれているが、予定通り実現するには相当苦労しそうだ。
 だが、なんと言っても、最大の課題は現在アラブ首長国連邦(UAE)に滞在して、捲土重来を狙っているタクシン元首相の処遇であろう。インラック女史はタクシン元首相の操り人形とも噂されており、元首相の恩赦を考えていると言われる。だが、タイ政界に復帰するような事態となると、彼の強烈な個性を恐れる反タクシン派と軍部が再度、結び付く恐れもある。インラック女史が如何にタクシン元首相と距離を置けるかどうかが、同女史の政治生命を決めるカギとなるかもしれない。(8月2日)


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