その88 
  中国の危険な野菜の輸出防止には
     検査という権力しか手がない    


中国の大きい工場には、たいていカフェテリアが設備されており、会社の補助もあって非常に安く食事ができる。工場の労働者は朝、昼、晩3食全部、このカフェテリアで済ますこともできないわけではない。しかし、味の方は今ひとつなのか、工場外の露天の店でそばや惣菜を購入して食べる人もいる。雨が振らない限り、道路の両脇にあるベンチに腰をかけて、朝早くから発泡スチロールの器に盛られた焼きそばや惣菜を食べる人が結構いる。問題は、そのあとである。食べた後、発泡スチロールの皿やどんぶりはそのまま足元へ捨てる。ベンチのすぐ近くにも、針金でできたゴミ箱があるがまったく無視されている。だからいつも道路や広場は、紙くずや発泡スチロールで汚されている。

ある時、工場近くを歩いていると足元に乾電池が転がってきた。「アレ」と思って、見るとかわいらしい女の子がヘッドフォンステレオから電池を取り出して新しく購入した電池を入れ替えたところであった。彼女は、歩きながら古い電池を手ではじき飛ばして捨て、新しい電池をそこに入れたのである。捨てた電池には、目もくれようとしない。「道路はすべてゴミ箱」、そんな感じの捨て方である。

食器として使われた発泡スチロールも、使い古しの電池も、紙くずも、平気で捨てるのである。市内のスーパーマーケットでは、ペットボトルの飲料水も数多く販売されているが、ペットボトルの空は見当たらない。空のペットボトルは、金になるためのようである。道路のあちこちにゴミ箱はあるが、散らかすことに、注意する人は誰もいないし、関心を持っていないようだ。小学校や中学校では、きちんと整列し、規律のある生活を教育、指導されているが、校舎を出て、いざ個人の生活になれば自分本位の行動をしてしまうのだ。法律に違反しない限り、何をしても問題ないという考えである。

現在(8月1日)中国から輸入された冷凍の野菜に許可されていない農薬が含まれていることが問題になっている。彼ら農民は、自分たちで栽培したものでも、農薬を散布したものは食べることはしないという。自分たちのためには別に栽培している。農薬をたくさんかけた野菜が健康に害があると知っているのである。出荷されれば誰かがそれを食べることも知っている。ただ、出来るだけ多くの野菜を出荷し、少しでも多く儲けようとするだけである。

農薬をかけた危険な野菜が、知らないどこかで誰が食べようと、"自分の知ったことではない"のである。危険な野菜を出荷することに対する"良心の仮借"など期待するのは無理である。どこかに"良心"を持っているのかもしれないが、行動に結びつくことはない。少しぐらいだましてでも利益を得ようとするのが中国人の多くが持っている考えである。これに対抗するには、できるだけ検査を厳しくして、防止するしかない。危険な農薬を使えば輸入できなくなることを、彼らに損害を与えることで、身をもってわからせる以外に方法はないのである。危険な野菜の輸入防止にも、厳しい検査という「権力」が必要なのである。

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