その87 
   権力者がいないと整列できない中国人


深せんで宿泊するマンションの21階からは、石厦学校(中学校)の校庭が良く見える。毎朝校庭で朝礼がある。朝7時30分になると登校した生徒たちが校舎から出てきて整列する。整列の仕方は実に見事である。20列ほどにまっすぐに、等間隔できれいに並ぶ。整列の仕方は、われわれが運動会で見る日本の中学生よりも格段にきっちりしている。
朝会の終了後の教室への戻り方もまたみごとである。順番も決められているらしく、3箇所ある入り口へ向かって整然とそれぞれ1列縦隊で順番に入ってゆく。校舎へ入ってからは見ることができないが、聞くところによると、この状態が教室まで続くという。このような学校生活がもう何年も継続している。
最近、日本の公立の学校では、並び方をきっちり教えないのか少しくらい曲がっていても平気であり、前後の間隔もいい加減である。並んでいるのか、ただ集まっているのかわからない時さえある。この中国の中学生の校庭における整列を日本の中学生にも見せてやりたいくらいである。

ところが不思議なことに、中国人の大人たちが町の中で整然と並んで待つ姿はほとんど見られない。列車のチケットを購入するときには、我先に売り場や窓口に殺到する。バスに乗るときにも、乗車口に殺到する。少しでも列ができると横からどんどん割り込む。前の人と少しでも間隔をあけようものなら、素知らぬふりで入り込む。自分だけがよければそれでよい。

自動車の運転でも同じである。ラッシュ時に自動車が混雑すると同じ状態になる。少しでも前の車との間隔が開こうものなら横から必ず割り込む。優先権は、少しでも車の先端を突っ込んだ方にある。もっとも横道から大通りに出るためには、車の切れるのを待っていたのではいつ入れるかわからない。中国には譲り合いの精神はまったくない。車の運転手は横から入られないように気をつけ、1台でも前へ出るためにスキを伺う。道路が混雑してきて対向車線に車がこないと反対車線へ出て走る車が出てくる。すると別の車がこの後ろに続く。片側2車線の道路も、3車線さらにひどくなると4車線すべてを片方のために使用されることさえある。
この傾向は大都市では少ないが地方の小都市になると多くなる。交差点で左折した車が正しい車線に入れないまま、立ち往生し、にっちもさっちも行かなくなって交通渋滞となる。このような光景が町のあちこちで繰り広げられる。とにかく自分が良ければよいのである。

窓口に殺到する乗客、中央ラインも無視してわれ先に反対車線を走る自動車。中学校のあの整然として並び、教室へ帰る姿とはまったく結びつかない。その理由は、近くに権力者がいるかいないかの違いによる。
中学校では、先生という権力者がいるからそれに従う。都市部では、交差点には警察官がいて交通整理をする姿がある。だから、中央ラインを超えて反対車線を行く車は少ない。一般的な行列では、権力者がいて注意するわけではないので、順番は関係なく我先にと殺到する。空港のパスポートコントロールでは、整理する係りの人(権力者)がいて注意をするから並んで順番を待つ。それでも、列の中に知人を発見しようものなら当然の権利のようにその前に割り込む。

中学校におけるあの整然とした教育、訓練、躾は、まったく生かされない。関係がないのだ。権力者のいるところでは、それに従い、いないところでは、先を争い自分がよければそれでよい。近くに権力者がいるかどうかをかぎ分けて行動する。13億人という人口の中で生き抜くためにはこれが生活の知恵なのである。これが一般的な中国人の姿の一面であり、中国の文化のひとつである。

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