新連載
 その63  修理依頼の自動車電話機に白い粉が


                  南米でのいささか物騒な話

 携帯電話も今は、手のひらに隠れてしまうほどに小型になった。10年ほど前は、これが自動車電話といわれ、本体部分のサイズは、現在のビデオテープレコーダー位の大きさで、自動車のトランクの中に取り付けられていた。
 この自動車電話を納入していた、中南米のある国を訪問していた時の話である。納入品の品質を確認するため、どこの国を訪問しても、修理サービスをしているセクションを覗き、最近の状況を聞くことにしていた。この時も、最近の故障状況を聞くためにサービスベンチに声をかけた。すると、 「こんな修理の依頼がきています」と、持ち込まれていた一台の携帯電話の送受信機本体を見せてくれた。良く見ると、プリント基板や内部に取り付けられた部品全体に真っ白に粉末が付着している。内部に使用している部品が壊れても、このようになる部品は使用していない。どう考えても、信じられない状態である。
  送受信機の本体は、普通のドライバーなどで素人が簡単に開けられない構造をしている。蓋を開けて、出力や周波数などを適当に調整したり、触れたりしないようにするためである。蓋を開けるためには、特殊な工具が必要である。内部の状況から判断して、誰かが開いた形跡はない。取り付けた部品が破損して、内面全体に白い粉が付着することも考えられない。 色々な人から聞いて、推測想像すると、原因は次のようなことらしい。

 自動車の持ち主が、トランクの中に麻薬かなにか(多分コカイン)を隠していて、警察に見つかりそうになった。車から持ち出し、他へ移したり、隠す時間もなかった。やむを得ず、洗車をする振りをして、急遽トランクの中に大量の水をぶちまけ、水に溶かして洗い流そうとしたらしい。粉末を溶かした水は、送受信機の高さを超えるほど多かったのであろう。その粉末の水溶液は送信機の電線接続用の孔から筐体内に入り込んでしまった。そして、長時間を経て水が蒸発し、コカインは(多分)結晶となり、内部に付着して残った。

 電子部品回路から形成される自動車電話は、水をかけられてはたまったものではない。長時間掛けて十分乾燥しても、絶縁不良などで使えなくなる。今では、店によっては無料に近い値段で契約できる携帯電話であるが、当時の自動車電話の価格は、非常に高価で数十万円していた。水に浸かって故障した自動車電話は、捨てるには高価すぎた。何とか修理して使おうと、接続してあったケーブルや筐体の外部をきれいに拭き取り、故障としてサービスセンターに修理依頼に出してきたものらしい。修理を依頼してきた人は、中に入り込んだ水が蒸発し、粉末が残ることになっていたとはさらさら思ってもみなかったのであろう。

 聞くところによると、コカインは水に溶けやすく、大量の水を使えば流れ去ってしまう。しかし、一旦水を掛けられた粉末は、残ってもその純度が下がり全く使い物にならなくなるそうだ。摘発されそうになりあわてて水で流すのは、現地では、良く知られた手段なのかもしれない。日本では経験することのない、ちょっと考えられないような修理依頼であった。

修理を依頼された担当者は、時間をかけて、丁寧に粉末を拭きとった。故障した部品を交換し、調整し、完全な動作状態を確認する。そして、さりげなく修理依頼者に返した。勿論、理由など詮索しはしない。中南米らしい対応である。


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