新連載
      その59   アラブの習慣と文化     
     17 つたないアラビア語が、パリで役立つ


              アラブのアフリカ統治の歴史が、今なお生きる

 台湾や中国では、コミュニケーションに困ったとき漢字を使って筆談をすれば目的が達せられることが多い。筆談ではないが、フランスのパリのど真ん中でこれに似た面白い経験をした。
 久しぶりにパリを訪問したときのことである。ホテルでタクシーを頼めばよかったのであるが、少しパリの中を歩いてから乗れば良いと考え歩きはじめた。しかし、大都会パリだからタクシーが簡単に捉まるだろうという読みは甘かった。
 少し歩いてから、いざタクシーを捕まえようとするが、車はたくさん通るがタクシーはこない。約束の時間は迫ってくるし、いらいらしだしたところへやっとタクシーがきた。早速つかまえて乗り込み、目的地を告げる。こちらは、フランス語は全く分からないから、英語でである。しかし、発車しようとしない。フランス語で何か話をしているが良く分からない。両手を上げての口振り、身振りから推定すると「分からない」といっているようだ。
 フランスでは英語は通じないとは聞いていたが、タクシーのドライバーは何とかなるだろうと思っていた。フランス語でどう言うかは確認しておかなかったのもまずかった。これには困った。約束の時間も迫る。別のタクシーでも、先程の様子からすると期待できそうもない。何とかしなくてはならない。

 ドライバーを良く見ると白人ではない。黒人のドライバーである。フランスには、北アフリカからの移民が多いとは聞いたことがある。チュニジアやアルジェリアは、アラビヤ語の国のはずである。もしかしたら、アラビア語が通ずるかもしれない。サウジアラビア駐在の頃を思い出して、アラビア語を使って話してみた。すると、「あれ!」という顔で英語より理解できるという。訪問する場所は、大体検討がつく。とにかく行ってくれとスタートさせた。右へ曲がれとか左とか、ゆっくり走れというアラビア語は何とか理解してもらえた。少し遠回りをして、時間はかかったがなんとか無事目的地に着くことができた。
 20分ほどの時間ではあったが、目的の場所についたときには、お互いに大変親しい友達のような感じになっていた。彼も、たどたどしいがアラビア語の客とはなしで目的地に運べてほっとしたのであろう。私も、わかる限りのアラビア語の単語を並べて彼の親切をほめたたえ、感謝した。そして、別れた。

 フランスのパリで、つたないアラビア語が役にたつとは思っていなかった。北アフリカは、フランスの植民地の時代があったのである。アルジェリア、チュニジア、モロッコ、モーリタニアなどは7世紀始めからアラブ人により占領され、イスラム教が普及し、アラブ人の社会になった。主要な言語は、アラビア語である。
 その後、年代は異なるが一時、フランスの保護領であったり、統治されたりした歴史がある。そして、これらの国々の人々はフランス語も使用するようになった。だから、フランス語を話すアラブ人の中に、パリへ出稼ぎに出ているで人がたくさんいる。タクシードライバーをしている人も結構多いようである。その出稼ぎのドライバーにぶつかったのである。このときほど、歴史の重みと言うかイスラム教の影響の大きさには感心させられたことはない。


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