新連載
 その58     アラブの習慣と文化
     16 河川がないため伝染病は少ない 


                水を注入された輸入スイカで腸チフスに

 サウジアラビアの地図を見ると、他の国と同じようにいくつかの川の流れが見える。しかし、実際には、水は流れていない。水が干上がってしまった涸れ川である。大変希に大雨になった際に、大地に吸い込まれなかった水が流れ込む低いところが川として記されている。少しくらいの雨量は、砂や泥土に吸い込まれてなくなるか、流れに成る前に蒸発してしまう。
 雨が降らないから、下水の設備に流れ込むのは生活排水だけであるが、住宅の密集地でない限り生活の排水も蒸発、乾燥してしまう。従って、下水の設備も大掛かりなものは必要なく、完備されているとはいえない。

 だから、たまに大雨が降ると大変である。雨の降り始めは、すべて地面に吸い込まれてしまうが、それを越えた雨量になると、どっと低い土地を目指して一挙に流れ下る。生活排水用に作られた下水用の設備では役に立たない。逆に低いところにある通りでは、マンホールが大量の水で持ち上がり、噴水のように水が溢れ出る。
 更に、大変なのは雨が上がった後である。普段自然に蒸発してしまうため、排水溝もほとんどメンテナンスもされていない。排水溝は砂で埋まって配水できず、自然蒸発を待つことになる。いつまでたっても水が引かない。人も車も遠回りしなければならない。雨の少ないサウジアラビアが、大雨の後は、しばらくの間、水の被害に悩まされることになる。

 サウジアラビアに特有な感染症はない。温度が高く、環境条件が厳しくても伝染病がないのは、サウジアラビアには河川がないからと言われる。平常は、川にも水が流れていないので、河川で増える伝染病の媒体役となる蚊もほとんどいないし、寄生虫も住めない。ぼーふらの発生するところがないのでマラリアや日本脳炎のような蚊を媒体とする伝染病もない。細菌類もドライアップしてしまうようだ。
 海岸近くには、日本と同じように子虫がいるが、砂漠には昆虫類がわずかに生き延びるだけである。ただ、不思議なことにハエは、しぶとく繁殖する。真夏の熱いときは少なくなるが、涼しくなる冬に増えるのは日本とは逆である。サウジアラビアは、暑く厳しい環境であるが、伝染病に関する点では日本より安心して生活できる。
 

 しかし、時折伝染病の発生が報道される。毎年、巡礼(ハッジ)の季節に世界各国から数十万人のイスラム教徒が、メッカやメジナを訪れる。伝染病は、外国から巡礼者が持ち込むものである。巡礼者は、メッカやメジナに近いジェッダなど紅海海岸に集まり、巡礼者用のホテルもその期間、特別に準備される。発生する場所は、この地域と巡礼者用の宿泊設備の中に多い。しかし、伝染媒体がほとんどないので、政府が手を打つことですぐに流行もおさまる。我々外国人もその発生をあとから聞かされることが多いくらいである。 

 もう一つの伝染病の原因は果物である。サウジアラビアは、石油以外の生活物資は輸入に頼っている。 最近は、クエイートに近い地方で果物や農産物が生産されるようになったが、果物の多くは輸入品である。バナナやオレンジ、メロンなどシーズンを問わず、いろいろな国から豊富に入ってくる。特にスイカは、甘みもあり、暑いサウジアラビアで結構うまいのでよく食べられる。
 ある時、伝染病腸チフスが流行しているという情報が入った。我々が口にするものは、たいていは熱で調理するので問題ない。そう思って、安心しているとスイカもだめという。果物は、良く洗って食べれば防げるはずである。理由を聞いてびっくりした。スイカもサウジアラビアにとって輸入品である。どうも、スイカを輸出する国で、輸出する前に目方を重くするために注射器で水を注入するらしい。この注入される水が悪く、中に腸チフス菌が入っており、これが伝染病の原因になると言う。確かにありそうな話である。スイカは、熱を通して食べるわけにはいかない。本当かどうか確かめる術もなく、伝染病の収まる間、食べるのを控えることになる。


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