新連載
 その54     アラブの習慣と文化
     12  ゆったり流れるアラブ時間 


                 IBMにイライラしないことが成功の道 

「現在の時刻は、7時52分を10秒ほど過ぎたところです。」
これは、通勤途中に聞いているポケットラジオから、ある日流れた女性アナウンサーの声である。放送局の時計の正確さもさることながら、それを通勤途上の人たちへ正確に10秒単位で伝えるアナウンサーの感覚と日本人の時間や時刻に対する期待の大きさのすごさである。これは、日本のそれも首都圏だけのことかもしれない。
日本各地には、其々現地ローカル時間というものもある。ある南の地方では、「約束の時間になったから、そろそろ家を出発しようか。」と動き出す習慣があると言う。その県の時間に対する感覚で、他の人たちも同じように思って行動するので支障は生じない。私のふるさと東北では、仕事の約束は別として、生活そのものは30分単位くらいで動いていた。10分や15分位の時間差は気にしない。のんびりしていると言うか、実にゆったりして、都会で生活をすることに慣れてしまった者にとっては優雅とさえ思えた。

上には上がある。中近東では、ビジネスでアポイントメントを取っていても時間単位で待たされるのが普通である。特に、官公庁のお役人とアポイントメントを取った場合、同じ日に、他の約束はしない方が無難である。会議が延びてしまってというのは良くあることだが、朝一番の約束で出掛けても、まだ出勤していない。1時間や2時間待たされることは普通と覚悟する方が良い。時には、その日は時間が取れずに「又翌日に」ということも一度ならずあった。「それではこちらも…。」と時間を遅らせて訪問すると、今度は時間通りで約束を果たせずに失敗したことがあった。アラブ時間は、うっかりできない。約束をしたことは(当方が約束をさせられたことは)しっかり覚えていて、その履行を迫られる。たいていのビジネスは彼等のペースにはまってしまう。

別れるときの挨拶の「では、また明日あいましょう。」と言うときには、「ブックラ インシャアラー」(また明日。神の思し召しがあればと言う意味)となる。今は、会うつもりでも会えるか会えないかは、明日になってみないと分からない。そんな意味のようだ。会う時刻に遅れても、遅れた方がマレッシュ(気にしない。いいじゃないか)ということでおしまい。有名なアラブ社会のIBMである。(IBMは下記参照)
 

砂漠の中で生活した遊牧民には、「明日また」といっても、必ず会える保証は無かったのであろう。何か用事が出きれば会えないかも知れない。砂嵐などがあれば時間は守れない。会いたい気持ちはありますよ。しかし、本当に会えるかどうかは、アラーの神の気持ち次第です。そんな理由から、車社会になっても時間に対する感覚は変わっていない。とにかくアラブの時間は、日本の何倍も掛けて、ゆったりと流れるのである。最初は、慣れないので待たされてイライラする。何度か経験するとこちらも覚悟を決めて出掛けるようになる。1時間や2時間待たされても暇をもてあまさないように読む本や忙しいときには仕事さえも持参する。待合室の椅子の作りは良くないが、冷房は良く効いていて暑いことはない。イライラせずに気長に待つことが、アラブでのビジネス成功の道である。アラブのゆったり流れる時間に身を任せてみるのも面白い。 

注:アラブのIBMについて

I :インシャアラー(アラーの神の思し召しがあれば、アラーのご加護があれば の意味)
B:ブックラ(明日 という意味)
約束を守れなかった場合に、「ブックラ インシャアラー」(明日又こい)
  と言われることもある。
M:マレッシュ(まあ良いではないか 気にしないと言う意味)(使っている彼等の表情を見ていると
  「すみません」と言うニュアンスもあるように思える。
 


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