安全対策とコストダウンは相反しない 

JR西日本の脱線事故に関連して、今ほど「安全第一」が叫ばれている時はない。今回はコストダウン活動の基盤となる「工場の労働安全活動」について所見を述べたい。

わが国の経済は長引くデフレ不況が深刻化するなか,各企業においては,グローバルコンペティションに勝ち抜くため,コストの大幅な圧縮に全精力を傾注し,将来の展望に繋げようとしている。各部門,各担当者にはコストダウン圧力が重くのしかかっている。

その中で事業存続の基盤をなす「労働安全・衛生」面についての力の入れ具合はどうであろうか。コストダウンに目を奪われて疎かになってはならない。ひとたび災害を発生させると,労働者の人命を始めとして地域住民に対しても被害を与えることもあり,企業の社会的信用の失墜にも繋がり,企業の負担は計り知れないものとなる。従来,安全対策を講ずればコストに負担がかかるというのが定説であったが,安全対策とコストダウンは相反するというのではなく,安全対策に注力すれば,結果としてコストダウンに結びつくことに気づかねばならない。

現状の生産現場に目を向けると,高度成長期に建設された設備は随時更新されてはいるが,老朽化している部分が多い。また,技術革新を基軸として自動化,情報化が図られつつあり,現場の仕事を楽に,安全にする面もあるが,新たな災害を発生させる要因も生み出されている。原子力関連などの事故に見られるように,作業手順の遵守など安全の基本について今一度考え直さねばならない面も多い。また,従来の我国の安全活動が「人の注意に依存する安全」に偏重してきたことも考えて,労働者の高齢化や若年層の意識の変化も踏まえたうえで「人の注意に依存しない」安全な職場を築き上げる努力が望まれる。「労働安全・衛生」面での課題は余りにも多いと言わざるをえない。

災害統計に目を転じてみると,業務上の死亡者数については,関係者の地道な努力が実を結んで,この30 年間で1/3 に減少している。しかし、安全の先進国と言われている英国と比べると約5 倍の死亡者発生率になっており,しかもここ数年間は下げ止まりの状況である。災害をゼロにすることの難しさを身にしみて感じているのは第一線の方々ではなかろうか。

次に国際的動向を踏まえて,わが国の今後の取組みを述べる。

@法遵守から技術進展即応型へ

わが国の労働災害が減少してきた要因の一つは,労働安全衛生法などによる詳細な規制とその遵守があげられるが,技術の進展により職場環境が変化する中では法対応型では十分ではない。法令で規定する内容は,発生した労働災害を分析して,同種災害の再発防止の観点から最低限の基準として規定することが多く,新しい生産システム・機械設備・新しい原料の導入による新しい危険有害要因の発生を想定していない。従って全て規定することはむつかしく,技術の変革に対応して,事業場が自主的,具体的に危険を除去するシステムを構築する必要がある。 

Aボトムアップ活動からマネジメントのシステム化へ

従来,活発に行われてきたボトムアップ的な安全衛生活動だけでは"木を見て森を見ず"に陥りやすく,活動成果に限界がある。外部環境をキチット捉え,組織におけるそれぞれの係わりをより明確にし,経営者が旗を振る統一の取れた全体的な活動展開が近年注目されている。それがマネジメントシステムによる管理である。この活動は,一般的に工場単位,会社単位或いは自治体単位での展開が行われる。

B絶対安全から合理的なリスク管理へ

従来,わが国では危険が全くない絶対安全の理想を求めてきたが,技術の進展によっても災害はなくならない。近年の災害統計の現実は絶対安全を死語に変えている。理想を追うだけでは実りある行動は生れない。危険有害要因は必ず存在し,それによる災害は発生しうると考えて,リスクを定量化して管理したほうが合理的である。この考え方は,絶対安全ということではなく,条件付きで安全を認めることであるから,安全の理念からすれば不十分ともいえるが,対策を実施する対象やその方法の範囲が明確になるといえる。 

近年,災害件数の減少カーブはゆるく対前年度と同じ状態が続いている。挟まれ・巻き込まれ,転倒や転落等の災害をゼロにすることの難しさを管理者は身にしみて感じているのではなかろうか? 

設備の老朽化,コストダウンの強い要請,情報技術を中心とした新技術の台頭,担当者の高齢化や国内企業のみならず外国企業との競合激化,これら内外の環境変化は,労働安全活動に大きな影響を与えている。従来延長型の労働安全衛生活動そのものに何かを付与しなければならない時期に来ている。その糸口の一つとして近年注目されているのが,リスクアセスメントや労働安全衛生マネジメントシステムの台頭である。リスクアセスメントは機械などの設計段階,職場の改善などで単独に実施することもあるが,労働安全衛生マネジメントシステムの要求事項の一部でもある。

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