少子高齢化社会に向けて
  逆ピラミッド形こそ、人間最大の幸福


 年齢別に男女の人口を左右に横棒グラフで書いた人口ピラミッドは、1950年ではきれいなピラミッド型であったが、2000年には熟年男性の体型よろしくウエストだけふくらんだ、ずんどう形となり、さらに、2050年には逆ピラミッドになると言われている。
 人口構成がピラミッド形をしていれば、高齢者を支える労働人口もたくさん確保され、年金、労働力など高齢社会の問題はおこらないというのが、人口ピラミッドについての多くの人々のイメージと思われるが、考えてみれば、これは実に悲惨な社会である。
 人口がそれほど増加しないなかで、人口構成がピラミッド形をしているということは、人間はよく死ぬということで、天寿をまっとうする人はごく限られた運のよい人だけということになる。歴史をふりかえってみても、かっては、赤ん坊は生れてまもなく死んだ。乳幼児の時代には、はしかや日本脳炎で死んだ。若者は結核で死んだ。男は兵隊へ行き死に、女は産後の肥立ちが悪くて死んだ。人は死ぬものであり、死を恐れて子どもを産んできたのである。

 徳川家康は直系の子が絶えるのをおそれて、60才を過ぎてから老骨に鞭打って、何人もの20代の女性を相手に子づくりに励み思惑どおり、子を紀州、尾張、水戸に封じることにより、以後300年にわたる自家の繁栄の礎を築いたのである。
 逆ピラミッドの人口構成は、人は天寿をまっとうして死ぬということである。豊かになり、衛生水準が上がり、医薬の進歩により、人間は死から開放された。殆どの人は天寿をまっとうできるようになった。人々は幸福になり、少ない数の子どもしか産まなくなった。人々が死ななくなったということは、人間が大切にされるようになったということである。

 「生と死」は人間存在の根幹にふれることであり、年金、労働力、景気後退などとは次元の異なる問題として位置付けたい。巷間、高齢化社会の到来については人口の激減、経済規模の縮小、活力のない社会など、まるで三途の川の向こうの地獄に向って、われわれは歩み始めているようなことが言われている。逆ピラミッドの人口構成に象徴される高齢化社会を悲観的に考えず、前向きにとらえて立ち向かっていったらどうか。

 年金が少なければ、老人でも有償で社会貢献ができる社会を作っていけばよい。今でも少々の年金を受けるよりも仕事をしたい高齢者が多い。金銭では解決できない「こころ」の問題がなおざりにされている。「70才代現役社会」をどうやって作り上げるか、日本人の叡智が試されている。
 人口が少なくなれば、一人あたりの国民所得はかえって増える。殆どの人が天寿をまっとうできれば、これほどの幸福はない。これこそ人間の最大の幸福ではないだろうか。私はそういう環境の中で、殆どの人が生き生きと人生を終えることができる社会を作りたい。

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