新連載
 その47     アラブの習慣と文化
     5 酒好きには厳しいサウジアラビア


                 ぶどう酒つくりに失敗した苦い思い出
 「酒は大きな罪であるが,人間のために(多少の)益もある。だがその罪は,益よりも大である。」 第2章219。
 「あなたがた信仰する者よ,誠に酒は,忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。恐らくあなたがたは成功するであろう。」 第5章90。
 「悪魔の望むところは,酒によってあなたがたの間に,敵意と憎悪を起こさせ,あなたがたがアッラーを念じ礼拝を捧げるのを妨げようとする。」第5章91。

  お酒の害悪について、イスラム教のコーランに、記述されている言葉である。不景気と言われる日本では、金曜日ともなれば、割安なレストランのチェーン店は、お酒やビールを楽しみ、にぎやかに語り合う若い人でいっぱいである。日ごろなかなか心を開かない人でも、アルコールが入ると心をなごませ饒舌になる。ノミニケーションと言う言葉ができるくらい日本の社会では、その害悪よりも効用が評価される。しかし、イスラム教の国々では、アルコールは厳禁である。サウジアラビアやクエートは、特に戒律が厳しく、アルコールは持ち込み禁止で、空港の税関で見つかれば没収されてしまう。
 私のサウジアラビア駐在中も、東南アジアから出稼ぎで来ている人が、どこから入手したのか、アルコール類を飲んで気持ちよく酔って街の中を歩いていた。これを宗教警察に見つかり、本国へ強制送還になってしまった。この情報は、たちまち日本人のあいだに伝えられ、気をつけるよう注意があった。そのくらいアルコールに対する規制は厳しい。

 しかし、禁止されると飲んでみたくなるのが人情。まして、日本では毎日と言うほど楽しんでいたお酒である。暑い時のあの冷たいビールの味は忘れられない。飲んだときのあの心地よさも格別である。お酒が入手できそうだという話が伝わってくると、何とかして手に入れたいと思う。勿論違法であるが、わかっていても飲んでみたくなる。

  このようにお酒に厳しいサウジアラビアでも、昔からお酒がないわけではない。どこで造られるのかわからないが、"サデーキ"と言われる現地で入手できるお酒がある。"サデーキ"と言うのは、アラビア語で"友達"と言う意味だそうだ。全くうまい名前を付けたものである。
 ある時、友人が、極秘にどこからかこの"サデーキ"を入手してきた。早速、親しい者が集まってこれを飲んだ。あまりおいしいとは思えないが、アルコールの度合いは強い。しばらくアルコール類は飲んでいないからか、すぐに酔いがまわり心持ちが良くなってきた。久しぶりの"お酒"で話が弾む。ほとんどあっという間に1本の"サデーキ"は、飲み干されてしまった。
 この"サデーキ"、相当アルコールに強い人でも少し飲みすぎると二日酔いになる。良質ではないアルコールが添加してあるのかもしれない。値段は忘れてしまったが相当高かったようである。しかし、当時は。良質ではないし、その上違法と分かっていても、毒さえ入っていなければと、大胆に楽しんだものであった。

 現在でも、アフリカなどで日本人が工業用のアルコールが入った酒で死亡したというような記事を見ると、アルコールに飢えていたサウジアラビア駐在時代を思い出す。ストレス解消のためにお酒を飲みたい彼等の気持ちも理解できる。あの暑さと宗教的な圧迫感のある環境の中では、ストレス解消のためにお酒は、最も手軽な手段であった。

 当時サウジアラビアに住む日本人には、娯楽がほとんどなかった。朝と夕方の一部の時間にあるテレビの番組もアラビア語ばかりで良く分からない。仕事を終えてからの娯楽や息抜きは、定期的に送付されてくる歌謡曲のビデオテープや音楽のカセットテープだけであった。新しいテープが入ると、ダビングさせてもらったり、順番に回覧して全員で何回も再生して楽しむ。高性能の短波受信機を購入し、屋上にアンテナを作り、日本からの国際放送を聞こうとしたができなかった。
 あとは町の中のスークと言われる市場での買い物である。スークの狭い路地をクーラーから出る熱風を受けながら、歩き回りなにか買うものはないかとさがしもとめる。あまり必要とは思われないモンブランの万年筆やボールペンなどを買い集めたものである。だから、休日には、砂嵐でも吹かないかぎり、ストレスを解消するために紅海沿岸へ海遊びに出掛けた。広い海と魚の群れはどれほど心を慰めてくれたか知れない。

 アラビアの星空は実に美しい。星空を眺めながら、ここでビールが飲めたら幸せだろうなあと何度思ったか知れない。もし、あの暑い、娯楽のないサウジアラビアで酒が自由に飲めたらどうなるだろう。酒類が自由に安く入手できたら、これは多分最高の娯楽になってしまうだろう。酒が自由に飲めれば、休日には必ず飲むに違いない。昼の日中に酒を飲んで眠り込んでしまうこともたびたび起こるに違いない。太陽の下で飲みすぎて眠り込んだら、熱射病どころか干上がって死にいたる。砂漠に生活する民族には、酒は百薬の長どころか毒薬に等しいのである。お酒がたくさんあり、飲み放題になれば民族は滅んでしまうかも知れない。そんなことを恐れたのではないだろうか。アラーの神が、"酒は悪魔の業とし、その罪のほうが益よりも大きい。"と判断し、禁止した理由も理解できるような気がする。

 アルコールは嫌いな方ではない私も、サウジアラビア駐在中は、内密にぶどう酒を作ることを考えた。昔は猿でさえもぶどう酒を造ったというではないか。私にも造れないことはなかろうと生食用のぶどうを買い込んだ。ミネラルウオーターのビンに詰めて醗酵させることを試みた。アルコールになることを祈りつつ待つ。しかし、何度やってみても、すべてアルコールにはならないで酸っぱくなって失敗に終わった。温度の管理などが悪かったのかもしれない。なつかしくもほろ苦い思い出である。


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