新連載
 その46     アラブの習慣と文化
     4 イスラム教徒が豚肉を食べない理由


                 豚肉を食べると人間も不浄になる
 今年の正月(2001年1月)の新聞に、豚の成分を使用したとして、インドネシアで「味の素」が回収命令を出され、味の素現地法人の日本人役員ら6人が逮捕されたという報道があった。実際には、「味の素」には、豚のエキスは使われておらず、製造の過程で触媒として使用されているだけとのこと。まだ最終決着に至っていないようである。
 政治的な背景もあるのかも知れないが、われわれ日本人には、なぜこのようになるのか、容易に理解できないことである。しかし、イスラム文化の人たちにとっては大変なことのようである。どうしてこんなにこだわるのか、中近東やインドネシアで現状を実際に見たり、聞いたりしないと、彼らの感情を理解はできない。

 製造の過程で触媒といえども、"豚"が使われていることにイスラム教徒は嫌悪感を抱くのである。日本人の感覚からすれば、実際に豚肉を使用していないので、いくら豚肉を嫌うといっても問題ないように思える。しかし、宗教的な背景を知って判断しないと思わぬことになる。科学的な基準で判断してはならない。異なる宗教や文化的風土や伝統については、そこに住んでいる人々の考えを尊重しないととんだ誤解を招きかねない。イスラム教徒にとって、豚は不浄なものなのだ。

 風土や習慣は何百年、何千年にもわたる歴史の上に立っている。単なる行動や現象としてとらえて理解できたようにみえても、真の理解にはならない。本来の意味まで溯って理解しようと努力しないと本当に理解したことにはならない。
 しかし、長い歴史を持つ文化を、われわれ日本人が本当に理解することには無理がある。なぜ豚は浮上なのかを理解しようと努力し、彼等のそうした風土や習慣を受け入れ、尊重する姿勢が大切である。

 イスラム教典、コーランには、次のように記されている。
「食べたいのに食べられないものはない。ただし、死肉、流れている血、豚肉を除く。豚肉、それは不浄である」 (第6章145)。 アラーの神の教えによると、豚肉は食べてはいけないただ一つの食べ物である。人間は食べ物によって変わる。人間も、豚肉を食べると豚と同じように不浄になると言われている。
 なぜ、豚が不浄なのか。「昔、豚肉で食中毒が多く発生したから」、「豚は残飯など不潔に見えるものを平気で食べるから」、「飼育されている環境が不潔でも平気だから」、「牡豚は、次から次へと牝豚と交尾し、節操がないから」などの理由があると言われている。

 敬虔なイスラム教徒の友人は、特に牡豚の次から次へと、牝豚と交尾する節操のなさを理由にしていた。人間も豚肉を食べると豚と同じように節操がなくなると言うのである。だから、ハムもベーコンも、豚肉で作られたソーセージも決して食べない。サウジアラビアに入国するとき、空港の税関検査官に持っているハムが見つかったとき、その場でいかにも不潔という顔で私を睨み付けて、ごみ箱へ捨ててしまったのもこの理由によるようである。

 不潔というとこんな経験を思い出す。私は、小さい頃東北の田舎で過ごした。家の近くには、豚を飼育していた家があった。いつでもブウブウ、ぎゃーぎゃーと鳴き声が聞こえていた。数頭の豚を飼育するだけでも、そのえさの量は相当必要になる。当時、豚を飼育している人は、家々から出る残飯をドラムカンに集めて与えていた。そのドラムカンを積んだリヤカーが家の前を通るたびに、残飯の悪臭がしたものである。
 また、飼育している豚小屋は、その残飯と糞尿が悪臭を放っていた。風向きによっては、その臭いが我々の家まで漂ってきたものである。豚のうるさい鳴き声と豚小屋の悪臭に悩まされたわれわれ兄弟は、豚そのものだけではなく、豚肉さえも食べられなくなってしまった。食卓上で豚肉を見ると、あの汚い豚小屋を思い出してしまうのである。豚は、汚いもの、豚肉も汚いものと思い込んでしまったのである。
 今でも豚肉を食べるときに、小さい頃を思い出す。豚肉を積極的に食べる気がしない。これは、悪臭と汚い豚小屋を見た経験のある人でなければ、理解は難しいであろう。専門家に言わせれば、豚は大変な清潔好きと言うが、当時の豚小屋は掃除もあまり行き届かなかったのであろう。腐敗した残飯と糞尿の悪臭で充満していた。

 アラーの教えは、通常、彼等が食べる牛肉やひつじの肉は、イスラム教の特別のお祈りをしながら、決められた手続きにより、屠殺し、解体されたものを食べるように指導している。アラブ諸国の市場で販売されている肉類でイスラム教徒用のものは、すべてこの手続きを経ているという。ただ、サウジアラビアのスーパーマーケットでも、イスラム教徒以外の人たちのために、デンマークなどから輸入したパックされた冷凍の牛肉は容易に手に入れることはできた。(これらの冷凍肉は、イスラムの手続きは経ていないと思われる。)
 困るのは、仕事上でイスラム教徒を来客として、日本へ迎えたときの食事である。豚肉を避けることはもちろんである。日本で料理されたたいていの肉類は、このイスラム教の手続きを経ていない。だから、彼等はいくら高級なレストランへ案内して、牛肉やひつじの肉を選んでも、喜ばない。進んで食べようとはしない。他に食べるものがないから、食べるだけであり、おいしいと思って食べてはいないと容易に推測できる。野菜やエビなど魚介類は問題無いので、短期間の滞在者については、毎回野菜中心のレストランへつれて行ったものである。

 イスラム教徒が、豚を不浄とした本当の理由は知らない。小さい頃に汚い豚小屋を見た経験と悪臭に悩まされたことのある私には、イスラム教徒は豚を不浄なものとして食べないと言われると、なんとなく彼等の気持ちを理解できるような気がする。
 彼等をレストランへ案内した場合には、お客様がイスラム教徒であることをくどいくらいに説明する。間違って豚肉の一切れも入らないよう注意をしてもらう。彼等は豚肉の臭いについては、大変敏感であるからだ。そして、イスラム教徒向けの適切なレストランがないことを詫びながら、できるだけ楽しい話題を選んでもてなすのである。


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