新連載
 その32 必ずしも安全でない
         ホテルのセーフティボックス
 


              海外出張は、トラベラーズチェックがもっとも安心

 
その時のフリッピンへの出張は、いつもと違って急に決まった。トラベラーズチェックを準備する時間もなく、必要なお金のほとんどを現金で持参した。マニラは日本円が不自由なく通用するので、あまり心配せずに出発した。海外出張にも慣れてきており、私自身に警戒心が薄れたことも、このトラブルに遭遇した原因でもあった。

 ホテルにチェックインする時、フロントが部屋のセーフティボックスを使う際の注意をしてくれた。鍵を紛失すると100ドル弁償だという。いつもはセーフティボックスを使用しないのだが、その時は、現金を持っていたのでキーを借りた。(当時のセーフティボックスは暗証番号ではなく、キーを使用していた。)これが間違いのもとであった。

 旅行かばんを開け、スーツや身の回りの物を引出しにおさめて、パスポートや現金をセーフティボックスに入れて、迎えに来てくれた友人とロビーでスケジュール等の打ち合わせのため部屋を出た。打ち合わせを終え、夕食まで少々時間があったのでシャワーを浴びるために部屋に戻った。なんとなく気になったので、セーフティボックスを開いて確認した。パスポート入れは、ちゃんと入っている。しかし、パスポート入れの置き方に何か不自然さが感じられた。それで中を確認してみた。パスポートは、確かにある。しかし、日本円の現金が入っていない。前回の出張でチップ用に準備して使い残した1ドル紙幣も数枚あった記憶がある。これもきれいになくなっている。時間にして、約40分くらいであったろうか。
 それからは大騒ぎである。フロントに連絡をして、呼び出し、状況を説明する。部屋の鍵は、打ち合わせがホテル内であったのでフロントに預けていない。セーフティボックスの鍵も持っている。部屋は、ドアを閉めると自動的に施錠される。となると犯人は部屋に出入りできる人間であり、非常に限定される。その上、セーフティボックスの鍵を持っていることになる。出入りも結構厳しいホテルである。内部の人に違いない。大きな声で騒がないと嘘だと思われそうなのでできるだけ多き声で騒ぎ立てた。

 当然のことだがホテルの人間は、「貴方が入れ忘れたのではないか。」「鍵は間違いなく掛けたのか。」と私を疑がう。このホテルは、マニラでも比較的大きく日本人にとっては有名でよく使われる。曜日によっては、日本人スタッフもいるので重宝していた。現地人スタッフでは埒が明かない。とうとう日本人スタッフを呼び出して説明を繰り返した。

  このホテルは、私がマニラに出張すれば毎回使用する。すでに十回以上使用している。このホテルにとって、お得意様である。会社関係で使用する人数は、毎月数十人を上回る。現地会社の責任者も騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれた。「こんな事故が起きるようでは今後会社では使えない。」と、当方の見方になって話し合いに入ってくれた。この時程、身内の責任者を力づよく感じたときはない。

  この責任者も、日本からの出張で何度もこのホテルを利用し、そのあとで現地責任者になった為にホテルの関係者もよく知っている。ホテル側も重要なお客さんの会社であり、おろそかにできない。このトラブルの収拾の結果によっては、毎月数十人、多い時には100人を超えるお客を失うことになる。それだけではない、この種の噂は日本人会を通して、ここを利用する日系企業にすぐに伝わる。イメージダウンは避けられない。この種の事件が起こるということは、他にも起こっている筈である。私だけが被害ということはあり得ない。ホテル側でも情報は持っている筈である。言わないだけだ。

  3日間滞在したが、犯人はわからなかった。しかし、特別にホテルが弁償することで決着した。幸いにも会社という、後ろ盾があったからである。一緒に交渉してくれなかったらホテル側が弁償してくれるということはなかっただろう。
 この種のセーフティボックスに関するトラブルは、結構あるようだ。別の国での話であるがフロントのセーフティボックスに預けた1万円札が、出してみたらすべて5千円札にすりかわっていたという話も聞いたことがある。その時は、言い掛かりを付けたとホテルのフロントに脅され証拠もないため諦めたと友人が、悔しそうに話してくれた。相当の交渉力がないと客側の泣き寝入りになる。

 最近鍵ではなく暗証番号で開錠する方式に代わってはいるが、ホテルのセーフティボックスも海外では安全ではない。海外では、たいていのところでクレジットカードが使える。大手の会社のカードを二つ程持っていれば支払いには困らない。しかし、カードで買い物をして、悪用されるケースもあり安心できない地域もある。少し、手数と費用が掛かるができるだけトラベラーズチェックにして持参することである。トラベラーズチェックであれば、もし、紛失してもすぐに届ければ補償があり、安心である。安全のためには手間とコストがかかるがやむをえない。


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