新連載
 その21  駐在したての友人の苦い思い出


               タイムズスクエアで名刺を下さいと言われて

海外へ赴任すると、まず土地勘を身につけなければならない。ニューヨークは、出張者も多く、滞在中に休日がぶつかると案内する機会も多い。ニューヨークの近くに住んでいて、マンハッタンを案内できないようでは困る。また、個人的にも美術館や博物館に大変興味があったので、その友人は、休日になると、マンハッタンをよく歩きまわっていた。

その赴任したばかりの頃のことである。マンハッタンの通りを歩いていた。すると全く知らない人が日本語で“名刺を下さい”と言う。怪訝な顔をしていると、また“名刺を下さい。“友人にはそのように聞こえたそうである。 突然の全く見知らぬ人からの話しかけであり、慣れていなかったせいもあって警戒心の方が先だった。結局、名刺を持っていなかったので、渡さなかったという。

その時の印象が強かったためか、彼は、後々までそのことが気になっており、マンハッタンのその近くに行くたびに思い出した。ある時、彼は“そうだったのか。”とふと思い当たった。そのたずねた人は“名刺を下さい。”といったのではなかったと。
 アメリカには、数多くの有名なメーシーズ百貨店がある。その時の見知らぬ人からのし掛けは、そのメーシー百貨店に関するものだったのだ。正確に覚えてはいないが、メーシーズ百貨店がどこにあるか聞きたかったのではないかと言う気がする。慣れないところで突然の話し掛け、勝手に名刺に関するものと解釈してしまったらしい。

赴任当初で、ニューヨークの周辺の地理的条件も、メーシーズ百貨店がそれほど有名だとも知らなかった。また、英語のヒアリングにも慣れてなく、よく聞き取れなかった。そのため、メーシーズ百貨店と思いがいたらなかったのである。今なら明確に教えてあげられたのにという、苦い思い出である。今、押しも押されもせぬ国際ビジネスマンの友人にも、始めの頃には、こんなこともあったのである。


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