新連載
 その15  命の次に大切なサティフィケイト


                 自分を少しでも高く売り込む資料に

中近東や東南アジアで、人材を募集するという情報が流れるとたくさんのが応募してくる。採用の予定がなくとも、企業や販売店、販売会社に勤務する友人や知人を頼って雇ってくれるように売り込みにくる人もいる。
組み立てや配線など製造作業者であれば少ないが、電子機器の修理技術者やメンテナンス技術者など、特殊な能力を要する場合、応募する人は、たいていファイルを持ってやってくる。そのファイルには、かつて、自分が受講した色々な研修会の受講修了証明書・サティフィケイトがきっちり整理されて入っている。
この種の修了証には、(1)勤務していた現地の会社を代表して、技術を修得のために日本へ派遣された研修修了書、(2)日本の企業が受注した大きなプロジェクトのサービスメンテナンスの研修修了書、(3)進出している現地企業における技術研修修了書などがある。
海外に工場や販売ルートを持つ会社では、日本に海外研修生のために研修コースを持っており、専任の講師を配している。テキストや研修内容も充実し、テストを行った上で修了した人には、修了証を発行する。
大型プロジェクトでは、発注した国にもよるが、技術者のレベルアップを目的に設置工事やサービスメンテナンスの研修に多くの技術者や技能者を派遣する。このとき発行された修了証が、彼等の日本出張の報告書ともなり、同時に、個人的な研修記録にもなる。
一般的に研修修了後に受講生は、修了証をたいへん期待している。我々日本人が考えても、修了証を出すほどのレベルの研修でない場合も、研修が終わっても修了証がないとがっかりする。修了証を出してくれるように研修前に強く要求されることもある。研修する方も、サーティフィケイトを発行することで真剣に学習し、喜んでもらえるならと、気軽に発行することもあるようだ。

このようにして入手された修了証は、受講者によってファイルにきちんと整理され、大切に保管される。後々、新しい仕事に就く場合、サティフィケイトつまり、修了証の数量と内容が、採用面接で能力を評価してもらう上で重要な資料になるからである。
  応募者は、入手したすべてのサティフィケイトをもって面接に臨む。そして、自分の能力をできるだけ高く売り込もうと努力する。サティフィケイトは、雇用先にアピールするための第三者が作成した貴重な評価資料であり、交渉材料なのである。それ以外に自分の能力を客観的に評価してもらえる手段が少ない。
逆に、新しい人を採用する立場としては、応募者の能力レベルを簡単に見分ける方法がない。修理技術やメンテナンス能力は、ペーパーテストをして能力を判断することは難しい。だから、面接をして、過去の経験を確かめ、彼等の技能や技術のレベルを測ろうとする。
  「この機器のメンテナンスや修理ができるか」。「大丈夫、問題ない」。面接の際、こんな会話がなされる。
 それほどレベルの高い技術や技能を持っていなくとも、彼等は、「問題ない。」である。それでないと採用されないからだが、時々これに面接する方も騙されることもある。このような時、持参してきたサティフィケイトが貴重な判断の資料となる。全てを信用するわけにはいかないけれども、過去の経歴とサティフィケイトの発行した会社の名前で、どのくらいの技術レベルかだいたい検討をつけることはできる。
日本における色々な産業機械や電子機器のサービス研修のサティフィケイトは、彼等としても、最も欲しいものの一つである。この種のサティフィケイトは、現地においては、大きいメーカーや有名な企業のものほど高い評価を受ける。採用、不採用を決定するだけでなく、給与の多寡を決める大きな要素にもなる。日本人は使おうともしないサティフィケイト(修了証)が、彼等にとっては、生活の糧を得るために命の次に大切なものなのだ。

  日本においても企業間で人が移動する時代がやってきた。経験や実績は本人からの話である程度確認できるが、知識や能力となるとバラツキが大きい。そこで、短時間でその人の能力を確認する方法が必要になる。
 その一つに、労働省・中央職業能力開発協会のビジネスキャリア制度がある。専門的知識を人事・総務・能力開発、経理・財務、生産管理、国際業務など10分野に制度があり、通信教育などで学習し、半年に一度の修了試験で自分の実力を確認することができる。
 このビジネスキャリア制度は、まだ広く普及しているとは言えないが、労働力の移動が一般的になってきた今日、中近東や東南アジアにおけるサティフィケイトのように、広く認知され、活用されることになることを期待したい。


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