新連載  
   その12
 トイレでランチをとらないで


                ―工場のトイレは清潔で食事も問題ない ―

 「コーヒーの空缶を置かないでください。お願いします。」

  これは日本である工場を訪問した際に、トイレで見つけた張り紙である。この様子からするとトイレの個室で密かにコーヒーを楽しむ従業員がいるようだ。そして、空缶を置き忘れて出てしまう。一度ならず何度もあるから困って張り紙をしたに違いない。その後で訪問したときも、気になってその張り紙を確認したら残っていたから、まだ続いていると思われる。
 どんな気持ちで飲んでいるのだろうか。IT革命などと言われているが、オフィスでコーヒーを飲むことができないくらい多忙で厳しい状態に置かれているのだろうか。

  フィリッピンの工場を訪問したときに聞かされた話を思い出した。従業員がトイレで食事をするので困ったという話である。トイレといっても、個室の中ではなく、トイレに続く手洗い場の近くにあるコンクリートの床であり、日本人の感じとしてはトイレの中というイメージのところである。

 その工場は、新しく建てられた近代的な工場であるから、トイレは水洗式で清潔であり、よく掃除されている。だからその床に座っても汚れることはない。臭いもないとは言えないが、気にならないくらい少ない。ここで昼休みになると従業員が座り込んでランチをとるというのである。

 工場は、24時間交代制勤務をとっており、敷地内に社員食堂があり、比較的安い価格で昼食だけでなく24時間食事を供給するシステムをとっている。

 周辺には、いくつかの工場があるためか、工場の外には、昼近くになると、弁当というか、昼食を販売する車が何台も並ぶ。彼等は、これらの屋台のような車から昼食用の食べ物を買ってくる。社員食堂の食事は、彼等にとっては、高価であり、これらの車から購入する方が安いのである。社員によっては、田舎の両親に仕送りするため、自宅から準備した昼食用の食べ物を持ってくるものもいる。持参したり、買い込んだりした昼食用の食べ物をトイレに持ち込んで食べていたのだ。

 工場内には、5Sや品質管理の点から、食べ物や飲み物を持ち込むことは禁止している。勿論、昼休みでも工場内のラインの側で食べ物を取ることはできない。外は厳しい暑さである。従って、トイレが最も涼しくて快適なランチを食べるところだったのである。

 最初、ここでランチをとっているのにびっくりした。なぜこんな所で食事をと思った。「トイレは食事をするところではない。」といっても、何でだろうという顔をしている。きれいだから問題ないというのだ。確かにいつもきれいに掃除がなされており、ゴミは落ちていないし、においもあまりしないので汚いとは思わないらしい。フィリピンの友人に聞いてみたところ、彼等が夕食や休日に食事をするところは、彼等の自宅を含めてあまりきれいなところではないようだ。会社の外で食べることを考えたら、会社のトイレは全く問題ないくらいきれいなところだという。

 その経営者は、何度かそんなことを見かけて、そのたびに注意をしてきた。朝会などでもトイレでランチをとらないように話しもしてきた。現在では、トイレでランチを取ることは見かけなくなっているそうである。彼等の分析によれば、この日系の工場で働くことで生活のレベルも上がり、社員食堂で食事ができるようになったことも解決した理由になっているとのことである。

 それとも見つからない、トイレの個室での食事に変更したのだろうか。トイレの中でコーヒーを楽しむ日本人もいるから笑えないが、つい最近までの現実である。


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