陸山事件 「判決文」

小沢一郎が民主党幹事長時代、金と政治の問題で、検察特捜部による起訴か不起訴化の話題でマスコミによって執拗に取り上げられていた頃、本欄で、佐藤優著「国家の罠 国策捜査の本質」を紹介した。
その後小沢一郎は、検察からは不起訴となったが、検察審査会によって強制起訴され、今年の4月26日、東京地裁によって無罪の判決が下された。判決文は95ページにわたる膨大なものであるが、判決のポイントを判決文に沿って確認してみた。(5.4)

その後、11月12日東京高裁の控訴審で、小沢一郎は無罪判決を受けた。東京地裁判決との比較で、「控訴審で無罪判決となった
理由」のポイントを追記した。(11.13)


控訴事実
平成16、17年の政治資金収支報告書への共謀による虚偽記載
陸山会は、平成16年の小沢一郎氏からの借入金4億円を収入として、土地取得代3億5千万円余を支出として、取得した土地を資産として、16年の収支報告書に記入すべきところを、小沢一郎氏と秘書が共謀し、17年の収支報告書に記入するという虚偽の記載をした。

備考
先の3人の秘書の東京地裁第一審では、検察の「虚偽記載の動機は、水谷建設からの裏金が発覚するのを恐れたため」とする主張を認めているが、小沢一郎の裁判では起訴した検察官の弁護士は「虚偽の動機よりも、小沢一郎と秘書との共謀が争点だ」として立証の対象から外している。


東京地裁の判断
■石川秘書が、16年の土地取得を17年の収支報告に記載したのは、4億円が違法な原資(水谷建設からの裏金)であることを前提としたものではなく、小沢一郎からの借入金として公表することで、マスメディア等から追及的な取材や批判的な報道を招く等、政治的に不利益を被る可能性を避けるためであった。

■16年の収支報告書の作成に当たって、4億円を、陸山会の小沢一郎からの借入金として計上せず、りそなからの担保貸付4億円のみを計上したこと、さらに支払った土地代金を支出として、取得した土地を資産として、16年ではなく17年の収支資報告書に記入したことは虚偽の記載にあたる

■小沢一郎は、秘書寮建設のための土地を建設費を含めて4億円程度で取得することを了承し、売買契約が平成16年10月5日に締結され、その決済日が同月29日であることを認識していたと認められる。その上で、土地の取得や取得費の支出を平成16年分の収支報告書には計上せず、平成17年分の収支報告書に計上することとし、そのために、本件売買契約の内容を変更する等の本件土地公表の先送りをする方針についても、報告を受けて了承したものと認められる

■小沢一郎は、4億円を担保にりそなから4億円を借り入れた目的は、4億円を収支報告書で対外的に公表しない簿外処理にするためであり、その簿外処理の方針について、秘書から報告を受け、了承していたと推認できる。
4億円の借入金や土地代金の支払いについて、16年ではなく17年の収支報告書に計上することとし、土地の売買契約の内容を17年に変更する等の土地取得の公表を先送りする方針についても報告も受け、了承していたと推認できる。


■石川秘書は、土地の売買契約の決済を先送りするという方針のもとに、土地売買斡旋者である東洋アレックスと決済全体を遅らせる交渉をしたが、上手くいかず、登記手続きのみを翌17年にすることで合意した。
■しかし、石川秘書は陸山会にとってリスクはないと判断し、16年の収支報告書に記載すべき土地売買に関する一連の事項を記載しなかったことを小沢一郎に報告しなかったということは十分あり得る。
■一方、指定弁護士の16、17年の収支報告書における虚偽記入、記載すべき事項の不記載について、共謀共同正犯が成立するとの主張には相応の根拠があると言える。

■石川秘書が土地取得にかかわる一連の事項を16年の収支報告書に記入しなかったことで、虚偽記入による摘発があると考えていれば、叱責を覚悟しても小沢一郎に相談し、土地取引自体を先送りしたはずである。
従って、小沢一郎は取得土地の所有権の移転を17年に遅らせることができなかったことについて、石川秘書から報告を受けず、認識していなかった可能性がある

■池田秘書が石川秘書から引きついだ通り、17年の収支報告書に16年に支払った代金を計上していることを報告した際、小沢一郎が「ああ、そうか」と言ったことは、17年の収支報告書に計上することの問題点を認識していなかったと考える余地がある。
■小沢一郎は、16年の収支報告書にりそな4億円が計上される代わりに、自ら貸し与えた4億円は借入金収入として計上する必要性は認識していなかった可能性がある。

■小沢一郎が秘書に、土地取引に関しての収支報告書の作成や提出を任せきりにしたということは芳しいことではないが、確かな記憶がないことはあり得る。
小沢一郎が、土地取得公表の再送りや4億円の簿外処理について、さらに虚偽記入について具体的な謀議を認定する証拠がなくても、秘書から報告を受け、了承していたことは認定できる。しかし、小沢一郎が土地売買契約の決済日の変更ができなかったこと、取引の状況を16年ではなく17年の収支報告書に計上すべきでなかったことを認識していなかった可能性がある。4億円を借入金として収支報告書に収入計上する必要性も認識しなかった可能性もある。
これらの認識は、共謀共同正犯としての責任を問う上で必要であり、証明が十分でなく、無罪と言わざるを得ない。


東京高裁
控訴審の無罪判決理由
■「石川秘書は土地の決済を04年から05年に遅らせると小沢氏に報告し、了承を得ていたが、実際には登記の手続きのみを05年に遅らせるという合意書を売主と作成。所有権の取得は遅らせられなかった。このため一審の「代金が支払われた04年に所有権が移転した」とする判決は不合理ではない。しかし、「所有権移転を05年へ先送りができたと認識していたとする石川秘書の供述を信用できない」とした判断は不合理。
■石川秘書が登記名義の移転と所有権の移転を区別して認識せず、合意書によって、自らの要望通りに所有権の取得も先送りできたと思いこんだこともありうる。石川秘書が取得した土地を04年の収支報告書に資産として記載しなかったこと、池田秘書が05年に資産として記載したことも、これを故意と断定することはできない。

一審の判決の通り、04年10月に支払った取得費を04年分の収支報告書に計上すべきであったが、両秘書が05年の本登記と同時期に計上することで一応の説明がつくと思っていた可能性は否定できず、事前に小沢氏から了解を得ていた土地購入公表を先送りする方針に、それなりの形がつけられると思いこみ、あらためて小沢氏に報告しなかったと考えられる余地がある。
■よって、一審の「小沢氏も当初の方針通り、所有権の移転や代金支払いについて、決済が05年に先送りされたと認識し、05年に計上することが適法だと考えていた可能性がある」とした判決は是認できる。しかし、「交渉に失敗した石川秘書が小沢氏の不興をおそれて報告しなかった」としている部分は是認できない。

■石川秘書は小沢氏から土地購入資金として4億円を受けたが、「マスメディア等から追及的な取材や批判的な報道を招く等、政治的に不利益を被る可能性を避けるため、銀行融資で代金を支払い、4億円は融資の担保となる定期預金にする」という旨の説明を小沢氏に対して行った。
■しかし、融資書類に小沢氏の署名をもらうのが遅れたため、銀行融資を受ける数時間前に小沢氏からの4億円で支払いを行った。石川秘書としては数時間のずれで手続きが前後したに過ぎず、実質的には取得費に銀行融資を充てたことになると思い、秘書の裁量の範囲内として細かな経緯を小沢氏に説明しなかった可能性もある。
■小沢氏も「収支報告書には銀行融資が借入金として計上される代わりに、自ら出した4億円は土地購入金に充てられず、記載の必要がないと認識したと解する余地がある。


back