ISO9000の弊害

改善やマニュアルの改訂を躊躇する弊害

 ISO9000の認証取得は、製品の品質を一定レベルに保つために、一連の業務をマニュアル通りに実施させようとするものである。基準が不明確で品質が維持できない企業においては、認証を取る過程でマニュアルを整備し、社員の教育を行うことができるという点で有効である。
 
 半年ごとに行われるISOの品質監査と3年ごとの認証の更新では、如何にマニュアル通りに実施しているかを書類や資料で証明できなければならない。しかし、マニュアルに記載されていないことは監査されない。そのため、マニュアルに記載されたことだけを守れば良く、マニュアルに書いていないことはやらなくて良く、マニュアル通りに作業をして問題が発生すれば、マニュアルが悪いのであって、作業者が悪いのではないということになる。
 本来、品質に影響を与えることはすべてマニュアルに盛り込まなければ意味がないと思われるが、ISOの監査では、現在実施していることを、そのとおりにマニュアルにすれば良い。マニュアルを詳細に作成すれば、時間と労力は非常に大きくなることもあって、マニュアルの完璧さは問われず、現在実施していることに矛盾がなければ、それを記録に落とすだけでいいのである。従って、ISO9000は資料を作成し、認証を取得して終了となる。後は、それを維持しているかどうかが監査されるだけである。

 一般企業においては、改訂や改善がないことは、停滞を意味する。マニュアル通り、決めた通りにやればうまく行く筈のものがうまく行かない場合もでてくる。この場合には改善が必要であり、マニュアルも改訂されなければならない。しかし、マニュアルが一旦決定してしまうと、良い方法を発見しても改訂するには、一定の手続きが必要で面倒である。マニュアルの一部だけをクローズするような改善変更であれば比較的変更もしやすいが、他の部門の業務やマニュアルに影響を与える場合は面倒が大きい。そのため、改善やマニュアルの改訂が躊躇されることになりかねない。これらのマニュアル変更の手続きを充分に教育し、徹底しておかないと、せっかくのISO9000認定取得も、その場限りのものになってしまう。

技能のマニュアル化の弊害 

 ISOは、現在の作業をマニュアルにすることから始まる。作業者間のバラツキを抑えるために、同じ工具を使い、同じ順序で、作業をするように、すべてマニュアル化する。ここまでの段階では、確かに効果が大きい。特に、アメリカなど異なった文化や習慣を持つ人たちで構成される生産ラインでは、作業方法を徹底しないと品質にも大きい影響を与える。とにかく、言われた通りに、指示された通りに実施することを要求するマニュアルは、大量生産工程では大きな効果を発揮した。

 コンピュータの進歩により、熟練者の技能をマニュアル化することを考えられるようになった。最初、熟練者は機械化、自動化することに協力的ではなかった。技能を文書にすることの難しさとせっかく培った熟練技術を取られてしまうという技術者自身の恐れからであった。しかし、これらを乗り越えて比較的簡単な熟練者のノウハウをマニュアル化し、製造の自動化が行われ、大きな成果を上げた。
 しかし、このマニュアル化は、現実には、その成果以上に深刻なダメージを産業界に与えた。
 もともと熟練者に対する評価は必ずしも高くはなかった。すばらしい技能に驚嘆の言葉は発するものの、これを正当に高く評価し、給与や報酬で報いることに十分ではなかった。しかし、人熟練者の素晴らしさは、目標とするレベルに達しても、更に高いレベルに挑戦し、進歩、発展に結び付けることにある。最近テレビでも、高いレベルの技能や技術を紹介する番組をよく見るが、共通して、たゆまざる努力と向上心を持ち続けたことが紹介されている。匠のわざは、絶えず挑戦することで進歩してきた。特に、ライバルや後輩が自分の能力に近づいてくると更に高い目標を目指して努力をして、より高いレベルを達成してきた。
 しかし、熟練者の技能が詳細に分析され、自動加工設備機械のソフトウエアに置き換えられ、機械が期待された精度の結果を出すようになると、「匠のわざも機械でできるではないか」という評価になってしまった。そして、それまで誰にも負けない能力を誇ってきた技能者に対する評価が、機械や機械を操作できる若い労働者と同じ評価になってしまった。こうして、時間と忍耐を通して挑戦し、獲得してきたことが、機械を操作できる若い労働者によって簡単に実現されててしまう結果になったのである。これでは、長い時間を掛けて、努力し、新しい高い目標に挑戦することがばからしくなってしまう。熟練者は、こうして、自分の能力をさらに向上させることに挑戦する意欲を失っていったのである。
 
 一方、機械設備はパソコンにインプットされたソフトウエアの指示に従って動くだけである。インプットされた以上の能力を出すことはできない。更に、加工する工具や治具が摩耗すれば精度は落ちるだけである。設備や機会が故障すれば、その能力が下がるだけで向上させることはできない。いくら精度や能力の高い機械でも、自ら能力を高めることはできない。更に高いレベルにするためには、技術や技能を十分獲得した人にしかできない部分があるのである。
 高齢になった技能者がその職場から離れた時、本来の技能が若い人たちに受け継がれることが止まってしまう。個別に持っていた向上心も、マニュアル化と言う言葉にとらわれてしまうと、よほどの克己心がないとつぶされてしまう。中小零細企業でもこの種の例は多い。これは恐ろしいことである。ISOにこだわり過ぎるとこのような弊害もでてくる。十分心しなければならない。


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