中国進出企業における生産管理課題
−日本版6シグマによる取組事例から−
06・3.19
大阪市大
A production management problem in a Chinese advance company
  - From an action example by six sigma for Japan−

要約

 中国政府の数字によれば、中国に進出している日本企業は2004年4月時点で約1万6千社にのぼり、今日、反日デモ等のマイナス影響がある中にあっても、対中累積投資額は対前年比で25%以上に達しているという。それでも日本国内では「日本の経験は中国では通用しない。中国ビジネスは難しい、成功よりも失敗が多い」といったイメージがなお一般的である。このことは日本の企業の多くが、中国リスクを充分承知しながらも、中国での事業展開を重視し、継続的に投資していくという意思の表れてあると解釈できる。エレクトロニクス製品メーカーであるA社の場合も、日本に管理部門を残すのみで、これまで国内外に分散していた生産、技術、開発、販売のすべての拠点を上海に集積し、まさに経営の将来のすべてを中国に委ねた状況にある。

 そこで、本文で紹介する「A社における生産管理とは、中国を拠点とした経営環境の中で、市場、顧客からの要求に応じて、一定の品質と数量の製品を、所定の期日までに経済的に生産し、目標とする利益を上げ続けるための一連の業務課題である」と定義することとする。A社は「中国における部品から製品までの一貫大量生産」という「生産管理戦略」をもとに経営を展開している。今後はこの戦略を実体あるものにしていくために、「製品開発戦略・計画」→「研究・開発・設計」→「試作・生産準備・調達・生産」→「販売」という一連のビジネスオペレーションサイクルに対応して、「生産管理戦略」を明確にし、個々の「生産管理課題」を一つずつ確実に解決し、標準化していかなければならない。

 このような問題意識から、A社は05年4月「日本版6シグマ」への取り組みをスタートさせた。ここでは、この1年間「日本版6シグマ」を通して、特に「全社的な生産管理体制の構築、中国人社員の戦力化、金型・部品・製品一貫生産における生産管理」等の問題に絞って、具体的にどのような「生産管理施策」を実施してきたかを紹介し、そこから中国に進出する日本企業が共有化できる有効な基本的「生産管理モデル」というものを探っていくこととしたい。

1A社の生産管理戦略

 A社は主に通信機器分野におけるエレクトロニクス製品「Mシリーズ」(以下「製品M」)の開発、製造、販売を行う東証マザーズ上場のハイテク、ベンチャー企業である。「製品M」は、パソコンや通信機器の小型化、薄型化の流れの中で、独自の「超小型化、超薄型化技術」が評価され、ここ10年で当分野において世界市場の3割ほどのシェアを占めるまでに成長してきた。しかし、低価格化競争が進む中で、開発から生産、販売まで、生産管理を中心に本質的に解決を図らなければならない経営課題は山積している。

 A社の特徴は、前身が数人のメンバーでスタートした研究中心の企業であったが、この10年間に生産から技術、開発、販売のすべての拠点を上海に集約し、かつ生産において製品組立のみならずすべての成形、プレス部品およびその金型設計・製造、鍍金、基盤づくりまで、生産工程を外部に頼らず、完全内成化を目指していることである。それは、当製品分野では避けられない量的拡大にともなう「低価格化競争」に勝ち残っていくために、A社として決断した「生産管理戦略」であった。中国の低人件費によるコスト競争は、既に限界に近づいている。A社は、「部品から製品まで一貫大量生産によるスケールメリットを最大限生かすことによって勝ち残る」という目的で、それまで国内外の各地にあった組立や部品供給会社を集積し、多岐にわたる製品組立、部品製造技術を自社化するという「生産管理戦略」に挑戦することにしたのである。

 しかし、現実には戦略通りにはいかない。ヒット商品が出て、高成長が続いている間は、問題が隠れて表面化しないが、さらに続く厳しい価格競争に勝ち残っていくために、A社は中国を拠点にした「生産管理戦略」を単に絵に描いた餅に終わらせず、これまで積み残してきた多岐にわたる改善課題をきめ細かく解決し、確実に収益をあげることができる力をつけていかなければならない。

A社は、このような問題意識から、さらには3年後の東証一部への上場を目標として、05年4月、「日本版6シグマ」への取り組みをスタートさせることとなった。ここでは「中国における部品から製品までの一貫大量生産」における一連の生産管理業務の改善課題に対して、この1年間「日本版6シグマ」を通してどのように取り組んできたかについて、特に「全社的な生産管理体制の構築、中国人社員の戦力化、金型・部品・製品一貫生産における生産管理」等の問題に絞って、その概略を紹介することにしたい。

2収益力を左右する生産管理体制の最適化
A社は2004年秋、中国の3億台に迫る需要を中心に世界市場への全面的対応を狙いとして、それまで3つだった上海工場を一気に6工場に増やし、金型・部品・製品組立一貫生産体制をさらに拡充した。6つの工場を合わせると、生産に直接かかわる従業員に加えて、開発、技術、品質保証、管理等のスタッフが常時7千人働いている。

 一般にベンチャー企業や中小企業が飛躍的に規模を拡大して行く過程では、経営トップ個人の意思や考え方、アイデアによって事業運営が行なわれることが多い。A社の「部品から製品まで、一貫大量生産によってスケールメリットを追求する」という「生産管理戦略」の場合も例外でない。このトップ主導型の戦略は、当然多大な投資を伴っている。しかし、もともと前身が生産技術や生産管理ノウハウの蓄積が乏しいベンチャー企業ということもあり、低い歩留まり、顧客からの返品や不良在庫の増大、コストアップ等の由々しき状態が長く続くことになった。 

 こうしたトップダウン方式では一旦消化不良がおこると、トラブルが多発し、組織がギクシャクしてくる。トップは「なぜ上手く行かないのだ」と現場にどんどん介入し、直接指示するようになる。しかし、現場の責任者がトップに異義をとなえることは困難である。結果的に「社長が決めたことだから」、「社長がやれといったから」と、結果にこだわらない「事なかれ主義」が目立つようになってきた。経営トップと同業他社からヘッドハンティングで集められた日本人現場責任者間との相互の不信感も、組織の「事なかれ主義」を確実に蔓延化させていった。

(1)経営理念と方針の共有化
 中国という経営環境の中で、大規模かつ多岐に渡る「生産管理体制」を起動に乗せるためには、経営トップと開発、生産、販売の各部門が一体となり、日本人、中国人社員を問わず、それぞれが本気になって改善課題を設定し、解決に取り組まなければならない。こうした中で、A社としての重大で緊急な問題は社員の「事なかれ主義」を廃し、「優秀な日本人、中国人社員の会社離れ」をいかにくい止めるかであった。

 そこで、第一に取組んだことは、経営トップの語録をもとに、A社としての「経営理念と経営方針」をわかりやすく見直し、全体で共有化しあうことによって、経営トップと組織全体の一体化を図ることであった。ここで重視したことは、目先の不満や不平に捕らわれることなく、経営理念や経営目標の実現に向けて、自らの業務に取り組みなおすための気運づくりである。4S(整理・整頓、清掃、清潔)による職場環境の美化運動を通して、A社としての価値基準、行動基準、評価基準としての5番目のS(しつけ)を明確にし、その遵守の徹底を図るための環境づくりから始めなおすこととした。

(2)生産管理基本業務の標準化
 第二に取り組んだことは、経営トップが日本人社員、中国人社員を問わず、生産管理における基本業務の改善に向けて勇気を持ってまかせるべきことはまかせ、社員は責任を持って応えることができる体制をつくることであった。これをお題目に終わらせないために、「開発から生産、販売までの各業務部門のすべての基本的な業務への取り組み方を最適化し、標準化し、遵守する」という具体的なしくみづくりが必要である。

 そこで、これまでの各部門の自己流、試行錯誤的な取り組み方を排除し、基本的な「業務フロー」を明確にし、「ボトルネック工程」を絞り込み、その工程の「基本業務」を見直し・改善し、標準化するという、いわゆる「基本業務の標準化」に取組んだ。ここでは、その「基本業務」の遂行に必要な、社員が身に付けるべき「テクニカルなコアコンピテンッシーも明確にした。(図−2参照)

その上で、さらに問題が出てくれば、「ボトルネックス工程」を絞り直し、取り組方を改善し、「標準化」を更新し続けた。担当者側に問題があれば指導ポイント、自己啓発課題も具体的に見直し、明示した。このように「改善」、「標準化」、「指導」、「標準化の遵守」のサイクルをきめ細かく、スピーディにまわすという「日本版6シグマ」の基本である「業務の標準化と改善のスパイラルアップ管理」に取組んだ。

 A社はこの管理方法によって、「生産管理業務」のファンダメンタルを固め、最適化を図り続ける体制づくり開始したのである。特に重大な「改善課題」については、経営トップも含めて関係者間で取り組み状況を共有化し、効率的に指示、指導、支援ができる全社的な短期集中的問題解決体制づくりを目指している。

(3)利益管理に直結した基本業務の改
第三に取り組んだことは、利益管理に直結した「改善課題」をタイムリーに設定し、改善の成果を「利益向上高」として定量的に金額で評価できるようにしようとしたことである。毎月のPL決算数字の確定が翌月半ばになることやPL決算数字からタイムリーに、的確に「業務改善課題」を設定することが困難であったことから、次のような簡便な管理数字をもとに「改善課題」を設定できるようにした。

利益管理の原則
月別に「製品の販売で入る金額」が営業、開発、金型、部品、組立、生産管理の「各業務部門の総発注高・業務費支出高」より大になるように、利益重視の管理(マネジメント)を行う。

「3つの数字」の把握
毎月の利益実績を押さえる上で、次の毎月の「売上高」、「材料・部品購入高」、「業務費」の3つの数字で把握することにした。

利益高
=売上高−総支出高
=@売上高−(A材料・部品購入高+B業務費)

「4つの数字」の改善による利益管理
上記利益高は次の式で置き換えることができる。目標利益を実現するために、@、A、B、Cの数字の改善を目的として、改善課題を設定し、取り組みの結果として、利益高がどのように推移したかをタイムリーに確認、評価できるようにした。
利益高
=@売上高
−A売上製品原材料・部品費
−B在庫高
−C業務費

現物管理改善のガイドライン
@購買管理
(1)基本材料・部品の「在庫高・理論必要量」の把握
(2)製品受注見通しの精度アップ
(3)「適正購買数量・単価」の決定、発注

A入出庫管理
第三者立会いによる現物の数量・品質の確認

B棚卸し管理
(1)在庫方法、カウンティング単位の改善
(2)正確なカウンティング
(3)紛失防止対策

基本業務改善のガイドライン
@売上高のアップ
(1)受注量アップ
(2)部品内製、製品組立リードタイムの短縮
(3)的確なクレーム対応
(4)開発製品の早期立上げ
(5)販売単価アップ

A売上製品原材料・部品費削減
(1)部品内製歩留まりアップ
(2)製品組立歩留まりアップ
(3)歩留まりを重視した設計  

C在庫高削減
(1)材料、外注部品の適正購買
(2)部品、製品の適正量生産
(3)部品内製、製品組立リードタイムの短縮   

D業務費の低減
(1)人件費の適正化、残業代の削減
(2)業務改善による無駄「COPQ」の極小化
(3)消耗品等の発注の適正化
(4)諸経費の削減

3生産管理の最適化に不可欠なマネジメント力

 A社の「M製品」分野では、製品のライフサイクルはますます短くなり、グローバルな視点で顧客のニーズを把握し、短期間に開発し、一気に大量に低コストで生産し、利益を確保する体制づくりが求められている。従来の「製品を発売してから、品質、コスト、納期を逐次改善していく」というやり方では生き残っていけない。「開発設計での素早い試作品の評価によって、一気に大量生産体制を確立してしまう」ことが目標利益獲得の近道である。この意味で、A社にあっては、営業、開発設計、金型、部品、組立、生産管理の一連の業務連携、すり合わせの徹底によって、顧客満足につながる製品を一気に生産できる一気通貫の体制づくりこそが目標である。

 しかし、現実には、各部門がボトムアップ的な改善に取組めば取組むほど、部門間の連携が難しくなり、部分最適化は進んだが、全体の収益改善にはつながらないという状況が生まれてきている。そこで、取り組んだのが、先述した「生産管理基本業務の標準化」であった。結局、「開発営業→製品企画・構想設計・詳細設計→金型・部品製作→試作・評価→製品組立→販売の流れ」をスムーズにすることが生産管理業務の改善であり、標準化であり、最適化であり、この一連の取組みこそが利益の最大化につながるという考え方にたった取組みである。

(1)「SA分析」による改善課題の設定
 ここでは、各部門間の業務の細部ではなく流れの全体を大きく評価する「状況分析:SA」から始めることとした。「SA:Situation Appraisal」は、ある「テーマ」について、自らの具体的な「事実」に裏づけされた問題意識、関心事に基づいて、解決すべき「問題点、課題」の全体を列挙し、絞込んでアプローチ策を探る手法である。 

 そこで、SA分析によって、個々の「製品開発テーマ」に関連して、「開発営業→製品企画・構想設計・詳細設計→金型・部品製作→試作・評価→製品組立→販売」間の業務の流れのなかで、どの部門間に停滞があるか、ギャップがあるかを押さえ、すり合わせを行い、連携して解決すべき最優先課題「ボトルネック課題」を絞り込むこととした。課題が設定できれば、問題解決の手順に沿って短期集中的に効率よく結論を出すだけである。あとは結果に応じて、さらに「SA」を行い、次の「ボトルネック課題」の解決に取組み、「生産管理基本業務の改善、最適化、標準化」というサイクルを地道に繰り返すだけである。

(2)「進捗管理表」によるマネジメント力トレーニングアップ
 A社の生産管理戦略を実現するためには、「生産管理基本業務の改善、最適化、標準化」のサイクルを確実にまわしていくきめ細かいマネジメント力が不可欠である。「日本版6シグマ」では、この一連のサイクルを「進捗管理表」によってフォローしていくようになっている。そのフォローの主なプロセスとポイントは、次の通りである。

「改善課題」への全体的な取り組み方のマネジメント
@個々の「改善課題」への「全体的な取り組みの流れ」を重視する。
A一ヶ月程度のスパンで取り組み方を「キーとなる具体的な実行課題」をもって簡潔に明
 確にする。
B「具体的な実行課題」は実行した事が「客観的に確認できる表現」でなければならない。
C「なぜ実行していないのか」をしつこく分析したり、批判したりしない。但し、「決めたこと
 はやり切る、やらないことは決めない」という姿勢を重視する。
D上司は、「動機づけ」、「元気づけ」になるコメントを行う。
E顧客や関連部門にまたがる課題については、「擦り合わせ」型の問題解決を重視する。
「進捗表への記録」によるマネジメント
@「改善課題」にどのように取り組んできたか、どのように取り組んでいくか、「全体的な
 流れ」を簡潔に記録するよう指導する。
A「記録」の目的は、進捗を責任を持って管理し、取組み方をシャープにするためである
 ことを理解させる。
B「進捗管理記録」は、上司、関係者に最新の進捗状況の全体を簡潔に報告するため
 の手段であることを理解させる。
B「報告したいこと」と「報告して欲しいこと」が一致している会社は強い会社である理由を
 理解させる。

「マネジメント力」のまとめ
 改善課題についての「進捗管理表」によるフォローを通してトレーニングアップを図ろうとするマネジメント力とは、次の「5つ」である。

@事業、業務全体を見る力、トップ、上司と認識を共有化する力
A改善目標・課題を設定する力
B最適解決策を設定する力
C責任をもって進捗を管理する力
D「キー情報」を基に状況を的確に報告する力

 「進捗管理表」では、結局のところ「課題設定⇒実行⇒進捗管理⇒報告」という「問題解決のプロセス」の論理性と、そのプロセスで「見たこと、聞いたこと、考えたことを的確に表現する力:Articulacy」のトレーニングアップを一番の目的にしている。なぜならば、「見たこと、聞いたこと、考えたことを的確に表現できない限り、課題の設定も実行も成果も曖昧になる」という考え方にたっているからである。

 中国という経営拠点にあって、A社はプロパー日人社員、ヘッドハンティング日本人社員、中国人社員という構成で、きめ細かい、スピーディな改善活動に取り組み、実績を上げていかなければならない。そのためにも社員間で、各人の考え方、行動の仕方が明確で、相互の認識を共有化できていることが重要である。このことがA社にあって、Articulacy」のトレーニングアップを重視しなければならないという理由にもなっている。

4能力・成果評価による社員の戦力化

最後に取り組むべきことは、「経営理念」と「経営目標」をよく理解し、個々の生産管理基本業務の改善に積極的に取り組んだ社員に対しては能力と成果を公正、公平に評価し、適正に報酬、報償によって処遇する体制をつくりあげることである。

 A社として、能力・成果評価制度を早急に明確にしなければならない背景には、二つの大きな理由があった。一つは、人事諸制度の未整備のため、評価、処遇に不公平感を与え、その結果として日本人、中国人社員を問わず、優秀な人材を失うことのないようにしなければならないという理由である。二つは、部品から製品まで一貫大量生産によるスケールメリットを追求するという「生産管理戦略」を実現する上で、開発から生産、販売まで山積する困難な改善課題を早急に確実に解決するために、日本人、中国人社員を問わず、優秀な人材を結集しなければならないという理由である。

 これまでに開発から生産、販売までの各部門のすべての「生産管理業務」に関連して、「基本業務の標準化」を行ったが、これらの個々の業務課題は、A社が社員に求める通常の業務遂行レベルそのものである。この意味で、社員の「業務を遂行する能力と

成果の評価」に関しては、部門別「業務の標準化」を活用し、部門別に「業務遂行能力・成果評価表」を作成した。

 従って、「標準化」をベースにした評価表によって、日本人、中国人社員を問わず、A社として部門別に各社員に求める業務課題とその遂行に必要な能力と成果のレベルを明確にし、評価することにした。また評価結果に応じて、社員別にどんな行動力やテクニカルコアコンピテンシーを身につけて欲しいかをはっきりさせ、社員の戦力化のためのガイドラインとして提示できるようにした。なお、能力と成果を評価するにあたり、前提として「経営理念や経営目標」の実現に向けて、どれだけ経営トップや社員間で価値感を共有化しているかを重視している。この部分を評価するためには、全体に共通した「マネジメント、組織行動評価表」を別途準備し、併用している。いずれにしても、この二つの評価表が、今日のA社としての「自らの土俵で人材を戦力化する」という基本的な人事施策の牽引力になっている。


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